偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

 けれど一つだけわかる。

 あかりの直感は正しかった。彼はやはり『入谷 奏一』ではなかったのだ。

「ああ、それ予約カードだったのか。弟に『ここがおすすめ』って聞いてそれ借りてきたんだ」
「こっ……このカードは個人情報を管理するための予約カードです! 割引券でもポイントカードでもありません!」
「へえ、そうなのか」

 あかりの驚きは飄々とした声にあっさりと受け流される。どうやら彼は事の重要性をあまり理解できていないらしい。自分が弟として施術を受ければ身体を痛めてしまう可能性があったことなど、まるで気付いていない様子だ。

「両方使ったことないからわからなかったな」
「あー……なるほどーぉ……」

 もう少しちゃんと注意すべきかと思って息を吸ったところで、響一がぼそりと呟く。

 その台詞を聞くと妙に納得して怒りの気持ちがすうっと引っ込み、代わりに感嘆の声が出てしまう。

 実は『入谷 奏一』というあかりの顧客は、このサロンに来店する人々の中でもずば抜けてセレブリティな人物だ。

 彼は日本に八つあるイリヤホテルのうち、イリヤホテル東京エメラルドガーデンの総支配人を務める人物である。齢三十にして都内有数のシティホテルを総括し、同時にイリヤホテルグループの経営者の一人でもある。

 本人の性格は気さくで温和だが、彼は紛れもない入谷家の御曹司だ。

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