偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

「スミス氏がチェックインされたそうですが」
「そうか。一応、挨拶だけしておくか」

 近づいてきた部下と思わしき人に耳打ちされた響一が、フムと頷いた後で一人ごちる。

 プライベートの時間であるはずの響一にわざわざ報告してきて響一もそれに応じるということは、スミス氏という人はイリヤホテルグループにとって重要な人物なのかもしれない。

「あかり、悪いけど少し席を外す。すぐ戻るから」
「あ、はい……いってらっしゃい」

 だから響一が席を立ってあかりの耳元に謝罪の言葉を告げても、特に不満には思わなかった。

(まあ、ブライダルフェアに参加しながら仕事する人なんて中々いないとは思うけど……)

 不満には思わないが、ただただ驚いてしまう。すでにプライベートの時間だというのに、半分仕事の時間でもあるようだ。改めて総支配人という役職は本当に忙しくて重要なポジションなのだな、と考えてしまう。

「ていうか、呑気に食べ飲みしてる場合じゃないよね……」

 そんな響一の大変さを思うと、あかりは自分の気を引き締めずにはいられない。

 ここで結婚式と披露宴をするのならば、あかりも『きれい、可愛い、素敵、豪華!』と中身のない感想を並べて、能天気に試食のプレートに舌鼓を打っている場合ではない。

 いずれ準備をするときのために、真面目に説明係の話を聞いて、結婚式や披露宴の何たるかを勉強して細部まで確認しておかなければならない。

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