偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

 でも仕方がない。いつもあの身体に……あの腕に抱かれて身体を包まれているのかと思うと、急に変な気分になってしまう。

 そわそわと落ち着かない気持ちになって、入浴のために服を脱ぐ手順さえワタワタと戸惑ってしまう。身体が少し見えただけなのに、落ち着きがないにもほどがある。

 深呼吸をしたあかりはとりあえず身を清めようと思考を切り替える。大理石のタイルで出来た想像以上に広いバスルームで、響一が貯めておいてくれたお湯の中に肩まで浸かる。

 温かい。気持ちいい。
 最高の気分だ。

 ふと視線を上げると、手の届く位置に何かのパネルが設置されていることに気が付く。そのボタンを押してみると、浴槽の中の腰のあたりで轟音が鳴り、銀色の噴出口からは大量の空気と泡が勢いよく流れ出てきた。

「わぁ!? ジェットバス!?」

 イリヤホテルのスイートルームにまた感動してしまう。まさかジェットバスがついていると思いもよらなかったので、嬉しくなってはしゃいでしまう。

 そしてごうごうと泡を吐く様子にひとしきり興奮したあとは、浴槽の中に身体を落ち着けジェットバスの勢いに腰の位置を当てる。これが案外気持ち良い。

「はあ……なんて贅沢……」

 そして自分で口にした言葉について、自分で考え込んでしまう。たった一つの言葉から、今の自分が置かれている状況をぐるぐると思案する。

(贅沢……ぜいたくかぁ)

 ぼんやりと考える。

 あかりの頭の中に浮かぶのは、いつも響一の笑顔と大好きな仕事のことばかりだ。

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