ズルい男に愛されたら、契約結婚が始まりました
なんの対策を考える間もなく、夜九時になってしまった。
(ダメだ。なにも浮かばない)
ピンポーンとチャイムが鳴った。ついに来たと思うと気が滅入るが仕方ない。
ドアスコープで彼の顔を確認してから、ゆっくりと玄関のドアを開けた。
「こんばんは」
「夜分にすまない、藤本さん。子供は寝たか?」
一応、気遣ってくれたようだ。
「はい」
「なら、ゆっくり話せるな」
「どうぞ」
午前中にここに来た時よりも、白石友哉の顔色は悪かった。
髭に気を取られて気がつかなかったが、よく見れば目の下のクマも酷い。
黙り込んだ彼を部屋の中に案内して、リビングのソファーを勧めた。
彼は座り込むと、深い息を吐いた。
相手がなにも言わないから、仕方なく私はコーヒーを入れようと思った。
でも、彼の疲れた顔を見てカフェインはよくないと思って柚子茶を入れた。
自家製の物だが、お店で出すほど人気のあるお茶だ。
熱いお湯で溶かして彼の前に益子焼のソーサーとカップを置く。
「熱いですけど、疲れが取れますからどうぞ」
厚みのある益子焼だから、手に取るとじんわり温かいはずだ。
「これは?」
「柚子茶です」
彼はひと口だけ恐々といった感じで口に入れた。
きっと初めて飲むお茶なのだろう。
ピクリと眉が動いた様だが、ゆっくりと味わってくれている。
酷いクマができるほど睡眠不足のようだから、安眠効果もあるお茶を飲めば今夜はよく眠れるはずだ。
大きな手で暫くカップを持っていたが、ソーサーに戻すと私の顔をじっと見た。
「あの子の父親は、三か月前に亡くなった」