ズルい男に愛されたら、契約結婚が始まりました
佳奈を失ってから、母は、酷く老け込んでしまった。
家のことや店のことで佳奈を頼り切っていたから、生きる意欲を失ったようだ。
店を人任せにしたまま、マンションに籠ってしまていた。
「ねえ、瑠佳」
「なあに、お母さん?」
瑠佳がウトウトしている祥太を抱っこしてリビングをゆらゆらと歩いていたら、急に母が話しかけてきた。
さっきまでソファーに座ってぼんやりしていたはずなのに、やけにはっきりとした話し方だ。
「お母さん、お店を売ろうと思うの」
なんとなく覚悟していた言葉だった。
「後を継いでくれる佳奈はいないし、手放したい」
「そう」
寝入ったのか、祥太がずしりと重く感じた。
「ただ、祥太のことが気がかりなの」
「どうして?」
「だって私の年じゃあ、この子が大きくなるまで育てるのは無理だわ」
白髪を染めるのも忘れた母は、前より十くらい年取って見える。
母に祥太の成長を見届けろとは、瑠佳には言えない。
「祥太は、私がちゃんと面倒見るから安心して」
「ゴメンね、瑠佳に頼ってしまって」
誤りながらも、母は佳奈の忘れ形見を見ているだけでも辛そうだ。
「お母さん、これからどうするの?」
「昔からのお友達が伊豆にいるのよ。介護付きマンションに来ないかって誘われて」
「まだ、早いんじゃあない?」
いくらなんでも高齢者用のマンションに行くのは早すぎると瑠佳は焦った。
「あのね、入居するんじゃあなくて、手伝って欲しいんだって」
「お母さん、調理師の免許持ってたからかな?」
「そうなの。お母さん、東京を離れたいのよ」