ズルい男に愛されたら、契約結婚が始まりました
母の気持ちもよくわかる。
父を亡くしてから、女手ひとつで私たちを育てながら店の経営をしてきたのだ。
ようやく店を任せられると思っていた佳奈がいなくなってしまったから、長年張り詰めてきた心の糸が切れてしまったのだろう。
「わかった。お母さんの人生だもの、自分の好きなように生きて」
「瑠佳は?」
「私は、祥太と生きていく」
眠ったままの祥太をギュッと抱きしめながら、瑠佳は母に告げた。
「この子のお父さんはどうしているんだろう」
ポツリと母がこぼしたが、瑠佳は知らないふりをする。
今の母に、祥太の父親も亡くなっているとは言えなかったのだ。
「さあ、どこにいるのかなあ。佳奈はもういないんだもの。忘れようよ」
「そうね、今さらだね」
瑠佳は、母がよく祥太に隠れて涙を拭いているのを知っている。
これ以上、母に悲しい思いをさせたくなかった。
「瑠佳は会社に戻れるの?」
佳奈の病気がわかってから、私は勤めていた製薬会社を休職していた。
「うん。それは大丈夫。でも、祥太のことをよく考えてから決めるね」
この先、祥太が大人になるまで瑠佳が育てるとしたらどんなことが必要なのだろう。
瑠佳は、佳奈がひとりで育てようと覚悟していたことの重さがようやくわかってきた。
「瑠佳、祥太をお願いね。お店を処分したお金は祥太のために使って欲しいと思っているの」
「ありがとう」
母もあれこれと考えて結論を出したのだろうが、瑠佳のことも気がかりらしい。
「瑠佳にだって結婚したい人がいるんじゃないの? 自分の子どもを産みたいでしょう?」
「私は、佳奈とは違うもの。モテないし、恋人もいないから心配しないで」
「それでも、これから誰かに出会う時に子どもがいたら……」
その言葉を聞いて、母が瑠佳の人生も心配してくれているのは伝わってきた。
母の気持ちが少しでも軽くなるようにと、瑠佳は軽い口調で言った。
「祥太ごと愛してくれる人が現れたら結婚するよ。その時は報告するからね」
母も瑠佳の気持ちがわかったのか、少し微笑んでくれた。