ズルい男に愛されたら、契約結婚が始まりました

「あ……」

友哉がそばにいるとわかってなんとか話そうとするが、瑠佳の口からは息しか漏れてこない。

「救急車を!」
「は、はいっ!」

叫ぶ友哉と、慌てる社長の声を聞いて瑠佳は力を振り絞った。

「だ、大丈夫。単なる眩暈だから大騒ぎしないで……」

「とにかく、医者へ行こう!」
「それなら、産婦人科へ連れてって」

「は?」
「もしかしたら? そうなんですか?」

山崎の方が先に気が付いたようだ。一瞬だけ遅れて友哉が叫んだ。

「ああ!」

ふたりは結ばれてからいっさい避妊していない。

「そうなのか?」

友哉が瑠佳の顔を覗き込んできた。

「うん。そんな気がするの」

「瑠佳!」

友哉がもう一度ギュッと力を入れて抱きしめてきた。

「と、友哉さん、社長がいらっしゃるのに」
「そんなこと言ってる場合じゃあないだろう!」

友哉が瑠佳を抱えるようにして横に抱き上げた。そのまま病院へ連れていくつもりだろう。

「ああ、私のことはお気になさらずに、ごゆっくり」

山崎は自分の出番はないと思ったのか、デスクに戻った。

「すまない、山崎社長。さっきの無礼は誤解だったようだ、許してくれ」
「いえいえ、こちらこそ奥様の体調に気がつかなくてすみません」

山崎は苦笑いしている。

「妻は早退させるから、後のことはよろしく頼みます」

友哉は瑠佳を横抱きにしたまま、歩きだした。
そのままの態勢で瑠佳は山崎に頭を下げる。

「申し訳ございません」

「奥様のことになると、人が変わっちゃうんですねえ」

山崎のつぶやきは、友哉には届かなかったようだ。

嵐のようにやってきて去って行く友哉の姿を見送ると、山崎は新しい事業の計画を練り始めた。


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