一途な御曹司は溺愛本能のままに、お見合い妻を甘く攻めて逃がさない
 あとで藤さんになんとなく従妹の彼女について聞きだしたら、
 藤さんは不愉快そうに眉を寄せる。

「まさか、沙穂に興味あるの? ロリコンってわけじゃないわよね。本当にやめてよ」
「助けてもらっただけで……お礼をしたいって思ったんだけど」

 そうは言ったけど、『沙穂』と言う名前だけははっきり脳裏に刻み付けた。

 藤さんは警戒するように眉を寄せる。

「お礼してほしいってあの子が言った?」
「いや」

「じゃ、べつにいいわよ。それくらいのこと、もう忘れちゃってるわ。当たり前にそういうことする子だし、相手の顔なんて別に覚えていやしないわよ」
「……そう。そう言えば、駅前で困ってる人に声かけてたのを何回か見たな」

 俺が言うと、藤さんはまるで自分のことのように誇らしげに微笑んだ。


 以前彼女を見た時の思い出が頭をめぐって藤さんに話す。

 タクシーの混雑で目的地に行けない外国人たちがタクシー乗り場でなにか大きな声でもめていた。
 誰もが遠くから見守る中、彼女は上手とは言えない英語と、紙に地図を書いて、なんとか案内に成功していた。

 明らかにつながっていない言語に、不十分な文法。
 なのに、相手とは意気投合したらしく、最後はハグまで交わしていた……。

 まぁ、そんな場面を見たのは実は3回目だったし、気に留めずに行きすぎようとしたのだけど、その日は夜に製薬会社絡みのパーティーがあった日で、その相手がよく抜けだすことで有名なアメリカのソフラル製薬の前会長だったものだから、俺は卒倒しそうになったのだ。


「ふふ、沙穂らしい」

 藤さんは笑う。

「だろ。それもあったから顔をなんとなく覚えてて。考えてみたら藤さんによく会いに来てた子だったって」
「うん、あの子は私のことが好きだからね。私も。だから、あなたはお呼びじゃない」

 きっぱりそう言われて、俺は閉口する。
 まるでその子が大事で、関わってほしくないように。

「大事なんだな」
「ええそうよ。私は、あの子の母親代わりみたいなものだったから。変な男が近づこうとするなら徹底的に排除するわ」
「母親は亡くなったの? それとも離婚?」
「氷室には関係ないでしょ」

 ピシャリと告げられるとそれ以上は聞けなかった。
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