鬼弁護士は私を甘やかして離さない
綾人くんが帰ってきたのかドアの開く音が聞こえた。

「綾人ー?お帰りー」

「ただいま。お客さん連れてきたよ」

ソファにもたれたままの美沙は慌てて飛び起きた。

「お邪魔します」

「斗真くん?」「斗真?」

私たちは驚いて声を合わせた。

「駅前の書店でたまたま会ってさ。まぁ、座ってよ。飲み物出すからさ」

そう言うと綾人くんは斗真を私の隣の席に案内し、キッチンへと戻っていった。

「ごめん、迷惑だった?」
 
「ううん。そんなことは……」

「真衣が来てるって聞いて話したくてきたんだ。お茶だけ飲んだら外で話せないか?これで最後にするから」
 
斗真に小さな声で話しかけられ私は動揺した。
でも斗真の真剣な顔を見ていたら断ることはできなかった。
一度は本気で好きだった人。
斗真との幸せな思い出が呼び戻され辛くなる。
斗真と最初から本気で向き合えていたらどうなっていたんだろうと何度考えたかわからない。
そんな暗闇からやっと抜け出せたのにまたこんな顔の斗真に誘われて動揺してしまった。

私は斗真に頷くことしかできなかった。

4人での話もそこそこに斗真と帰ることになった。
帰り際、美沙には心配そうな顔をされたけど笑いながら家を後にした。

駅に向かう途中にあったカフェに入り席に着くとすぐに斗真から謝られた。

「真衣、本当に悪かった。何度謝っても許されることじゃない。でも俺は九重の人間ではなく九重斗真だけを見て欲しかった」

「いつでも本当のことを言えるタイミングはあったよね。でももういい。よく考えたら斗真のこと何も知らなかった。どこに住んでるのかも家族のことも。斗真の何を知っていたんだろうって笑うしかなかった。多くの人を引き連れて歩く斗真の堂々とした姿を見て驚いたけど斗真の持ってるオーラは上に立つべき人間のものだってわかった。大学でも斗真はみんなの注目の的だった。そんな斗真が私と付き合ってくれて、私と過ごしてくれて嬉しかった。3年経ってみてやっと思えたの」

「俺はあの頃も今も真衣が好きだ。真衣が嘘をつかないでって言ってた時にずっと胸が張り裂けそうだった。今更言い出せなかった。いつかわはいわないと、って思いながらズルズル過ごしてたバツだよな。傷つけてごめん。でも俺はまだ真衣が好きなんだ。もう一度やり直したい。もう真衣に嘘はない。家族にも会わせる」

「もう遅い。私たちのターニングポイントは過ぎてるよ。もう別々の道を歩き始めてるよね。斗真も気がついてるでしょ?私たちもうあの時とは違う」

「まだ間に合う」

私は首を振った。

「斗真のこと大好きだった。本当に結婚したかった。でももう斗真のことは何を信用していいのかわからない。ごめんね。もっと早く斗真のことを知りたかった。でも周りが見えなくなるくらいに私の人生斗真だけだったから何も気が付かなかった」

「俺だって真衣が全てだった。真衣と結婚したかった。今でもその気持ちは変わらない。3年経っても色褪せない」

私は首をまた振る。

「斗真。斗真だって前に進んでるはずだよ。前にも増して精悍な顔つきになったね。充実してるんだね。今の斗真に私は合わなくなってるよ。気がつかない?幸せな時間をありがとう。斗真とこうして話せてよかった。裏切られたって思っているのは辛かったの。でも話していたら楽しかったことをたくさん思い出してきたよ」

「俺も幸せだった。本当に楽しかった。本当に真衣が全てだった。真衣の時間は進んでるんだな」

「やっとね。やっと進めるようになってきた。斗真の時計も進んでるはずだよ。本当にいい顔してる。頑張ってるんだね」

斗真は頷いた。

「いつか真衣を迎えに行きたくて頑張った。でも遅かったのか」

私は頷く。

もし恵介に出会う前だったとしても私はまた斗真の手を取ることはできなかったと思う。
本当に大好きだからこそ、また裏切られるのが怖いから。
幼かった私も悪かった。
もっと斗真を知る努力をするべきだった。
私たちのターニングポイントはとっくに過ぎていた。

「斗真、大好きだった。ありがとう」

「俺も大好きだった。ありがとう。傷つけてごめん」

やっとわだかまりが解けた。
本当に私の中で終わりを迎えた。

「真衣、あの彼と結婚するの?」

式場で見た恵介のことを言ってるのだろう。

「まだ付き合ったばかりなの。わからないけど向き合っていきたいと思ってる」

「そうか。俺の手で幸せにできなかったけど、真衣は絶対に幸せになれよ」
 
「ありがとう」

笑いながら終わりを迎えられた私たちは大人になったのだと思った。
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