義理の兄妹で恋をするのはフィクションの世界だけだと思っていた
親子連れで溢れかえっている。
到着場所は水族館。久しく来ていないからと、提案したら駆くんが承諾してくれた。
中に入ると、まず見えたのは大きな水槽。優雅な青に圧倒されてしまう。館内は暗くて、神秘的な空間に駆くんは無言のまま泳ぐ魚たちを眺めていた。
「私、幼い頃にこの水族館に来たことあるんだって。お母さんが言ってた。あまり記憶にないんだけど。」
「お母さんと2人?」
「ううん。お父さんも。」
あまり覚えていない。遠い日の記憶。
当時、私はイルカが好きで水槽に張り付いてハイスピードで泳ぐイルカを見ていたと母は言う。
釘付けになっていたタイミングで、イルカがジャンプ。飛んできた水飛沫で水浸しになったそうだ。
(……大泣きした私に、お父さんがアイスクリームを買ってくれたらしい。)
何も覚えていない。はるか昔の記憶。
その日はどんな天気だったんだろう。
買ってもらったアイスは何味だったんだろう。
その時のイルカは今もこの水族館で泳いでいるんだろうか。
お父さんは、どんな顔して…どんなことを思って…どんなことを話して…。
「何も覚えていないのが…悔しい…」
ポロッと溢れるように口に出した。
「………お母さんから聞いた話しかわからないから。…悲しい。」
今の家族と仲良くなればなるほど、思い出が増えれば増えるほど、心の何処かで探してしまうお父さんとの思い出。思い出せたことなんて本当に少なくて、薄らモヤがかかったものばかり。
「……そっか。」
「…………………うわぁ…ごめん。なんか暗い雰囲気にした…!」
「暗くないよ。………俺は…温かいと思う。」
駆くんは、私の手をとって柔らかくギュッと握った。嫌な気はしなくて、むしろ心地良くて…急に目頭が熱くなってしまう。
「………のんちゃんに大事に思われてるお父さんは幸せ者だね。」
「……………泣きそう…。」
駆くんこそ、いつも温かいくせに。
優しくて、包容力があるから、いつもいつも甘えてしまうんだ。
「………お父さんとここで何したの?」
「アイス食べたり、イルカショー見たり…。色々。あ、手を繋いで歩いてたって…お母さん言ってたけど…」
「じゃあ、それを全部やろう。思い出すかもしれないし。」
手を繋いだ状態で駆くんは引っ張るように歩き出す。
「っ…待っ…」
「その時、自分がどんなことを考えたのか……実際に体験すれば推測できるかも。」
「…確かに…」
「……………ま、他にも楽しいこと沢山やろうと思いますが。」
握った手を持ち上げて、私の手の甲に駆くんの唇が近づく。
「っ…なっ…なに…?」
慌てる私を無視して、一言だけ。
「今日一日俺の彼女ってこと、忘れないで。」
手の甲に感じる柔らかい感触に、胸が高鳴った。