教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 思わず視線を落とした時、田島先輩が立ち上がる気配がした。

「大丈夫、桐島さん? ちょっと顔色が悪いみたいだけど」
「い、いえ、大丈夫です」
「いや、もしかしたら貧血かもしれない。ここに座って、少し休んだ方がいいんじゃないか?」

 心配そうで優しげな声。だけどそれが私をいっそう怯えさせ、同時に苛立たせる。

 あの時も同じだった。

 ふだんの田島先輩は乱暴でもないし、声を荒らげたりもせず、決して悪い人ではなかったかもしれない。だが、こちらの気持ちは置いてきぼりのまま、とにかく自分の思いどおりにことを運ぼうとした。

 あれから何年もたったし、私はいろいろな意味で成長したと思っていた。だからこんなふうに取り乱したりするはずないのに。

「さあ、桐島さん」

 田島先輩がゆっくり近づいてくる。

「そういえば昔のことだけど……あれ、君は少し誤解をしていると思うんだ。せっかくだから、今日はよく話し合ってみないか?」
「わ、私――」

 鼓動が信じられないくらい速くなり、かすかに耳鳴りさえしてきた。

 今さらそんなことはしたくない。仕事でなければ、彼の顔も見たくないし、話もしたくない。そもそも同じ空間にさえいたくないのだ。

 それなのに、硬直したように全身が動かない。

「ねえ、桐島さ――」

 その時、バタンと音がして、田島先輩の猫なで声が唐突に途切れた。
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