教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
「お待たせいたし――」

 トレイを持って戻った時、私は脱力しそうになった。
 なんと肝心の東野様はソファに深々と身を預けて、すっかり眠り込んでいたのだ。

「……東野様?」

 しっかり閉じたまぶた、規則正しい寝息、ゆっくり上下する胸。
 ちょっと声をかけたくらいでは目を覚ましそうもない。揺さぶって起こそうかとも思ったが、私は伸ばしかけた手を引っ込めた。

 テーブルの上には英文の書類とスマートフォン、さらにごつい黒縁メガネがのっている。読みかけのままで寝入ってしまったらしい。

 きっとひどく疲れているのだろう。

 東野様が働くスイスの製薬会社には著名な研究者が数多く在籍していて、国際的にも知名度が高い。

 彼自身もそのひとりだというし、おそらく睡眠時間も削って研究にいそしんでいるのだろう。今は一週間のバカンス中であるにもかかわらず。

(お茶、冷めちゃう)

 けれど私にとっては絶好のチャンスでもあった。東野様が眠っていれば、きつい視線を気にせずに、遠慮なくその姿を眺めることができるのだから。

 私はソファの正面に立って、服装の観察を開始した。

 グリーン系のチェックの半袖シャツと色の落ちたデニムは、明らかに若者向けの量販店『FC』こと『ファイン・クローゼット』のものだ。

 履いているのはスポーツブランドのグレーのスニーカー。腕時計は実用的なラバー製のデジタルクロック。
 全部合わせても、一万五千円はしないだろう。
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