教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
葛藤の東京
「頼む。このとおりだ!」

 俺は姿勢を正し、目の前にいる敬ちゃんに向かって、ほとんど直角になるほど腰を折った。

「お願いだから亜美さんの連絡先を教えてくれ!」
「よせって、林ちゃん。こっちこそ頼むから顔、上げてくれ」
「嫌だ。敬ちゃんが教えてくれるまで、このままでいる」
「ったく、わからんやつだな。頭に血が上っちまうぞ」

 子どものころからつるんできた幼なじみは遠慮というものを知らない。そして優男に見えるが、実は敬ちゃんは空手の有段者だ。

 俺は両肩をつかまれ、たちまち力ずくで上体を起こされた。

「そんなの無理に決まってるだろう。個人情報だぞ」
「無理を承知で頼んでいる!」
「だーかーらー、俺には桐島の住所も電話番号も教えられないんだよ! だいたいあいつの家なんて知らないし」
「人事に訊けばわかるだろ? 副社長なんだから」
「本人に無断でそんなことはできない!」

 俺たちが言い合いをしているのは、高砂百貨店の副社長室――店舗の裏にあるビルの最上階で、柔らかな色調で整えられた広くて居心地のいい部屋だった。


 帰国して数日後、俺は悩みに悩んだ末に幼なじみである敬ちゃんのもとを訪れた。
 亜美が姿を消してしまった今、彼女と同窓で上司でもある彼なら、なんとか橋渡しをしてくれるのではないかと思ったからだ。
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