好みの彼に弱みを握られていますっ!
 お行儀が悪いけれどお手洗いに行くふりをして、ちょっと覗いてみちゃおっかな。

 そんな好奇心が湧く程度には、その声が逼迫(ひっぱく)しているように聞こえたの。

 もしも私の知ってる()()()だったら?って考えたら、「いつも取り澄ましたお綺麗なお顔をどんな風に(ゆが)めていらっしゃるんだろう? ()()()()!」とか思っちゃって。

 そろそろと席を立って化粧室へ行くふり、をしようとして……私はその声の主とバッチリ目が合ってしまった。

「ひゃわっ」

 思わず変な悲鳴が漏れて尻餅をつくみたいに椅子に座って。

 やばいっ。

 あれ、絶対っ! 気付かれた!

 ドキドキしながら身をかがめていたら。


「ちょっと待っていてください。すぐ戻りますので」

 という声が聞こえてきた。

 お願いっ。こっちに来ないでっ!

 ギュッとコーヒーカップを握りしめてそう願ったけれど、神様は今日も私には塩対応みたいです。
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