優しくない同期の甘いささやき
黒瀬さんは私の肩を抱いた。

私たちは熊野に背を向ける。熊野の焦る声が耳に届いた。


「加納、いいのか? あとで後悔するかもしれないのに……」


後悔はしたくない。

だから、私は行かないと決めたのだ。それなのに、流されそうになっている。

好きならいいだろうと言われている。好きだから、いいものではない。

私は肩に置かれている黒瀬さんの手を払いのけた。そして、意思を伝える。


「行きません。確かに黒瀬さんのこと、好きでした。でも、私は黒瀬さんの一番ではないんです。奥さんを大切にしてください」

「加納ちゃん……わかったよ、ごめんね」


黒瀬さんは小さく息を吐いてから、駅へと歩き出した。

私は口を結んで、涙をこらえる。

好きだったけど、もう好きでいられない。

やっと、やっと……この恋を終わりにできた。


「泣きたいなら、泣いてもいいぞ」


熊野が腰を屈めて、泣くのを堪えている私の顔を覗き込む。


「泣かないもん……」

「頑張ったな、偉い、偉い」


私の頭に手を置き、髪をくしゃくしゃと撫でた。


「バカにしてる……」

「してない。加納を見守っていただけだ」


両手をあげて、大きく伸びた熊野は「帰るぞ」と言った。
< 22 / 172 >

この作品をシェア

pagetop