白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
 「たっっ……侑久!?」

 ずらりと立ち並ぶスチール製の下駄箱の
影から、ひょっこりと侑久が顔を覗かせて
いる。

 手には、臙脂のラインが入った上履き。
 これから帰宅するところだったのだろう。

 侑久は手にしていた上履きを急いで下駄
箱へ戻すと、「いたた」と自力で起き上が
ろうとしている千沙の元へ駆け寄ってきた。

 「大丈夫???もしかして足捻った?」

 心配そうに眉を寄せながら、侑久がぐい、
と千沙の腕を掴んで引き上げてくれる。

 「あ、いや……大丈夫っっ!!」

 これ以上ないほど間抜けな姿を晒してし
まったことに頬を染めながら、それでも
強がりを口にしようとした千沙は、立ち
上がった瞬間、うっ、と顔を歪めた。

 右足首に痛みが走り、ふらりとよろけて
しまう。その身体を抱きとめるように、
侑久がしっかりと支えてくれた。

 「ごめっ……!!」

 恥ずかしさに飛びのきたくても、足が
痛んで離れられなかった。咄嗟にしがみ
ついた腕は、いつかの夜、自分の背を支
えてくれた時よりも、また逞しくなって
いて、千沙の頬はさらに朱く染まってし
まう。その反応に一度目を細めると、
侑久はゆっくりと千沙の足元に屈んだ。

 「俺の肩に掴まってて。折れてないか、
確かめるから」

 そう言って、庇うように浮かせたまま
の、千沙の足首に手を伸ばす。

 「いや、そんなっ、大丈夫だから!」

 周囲を気にしながら狼狽する千沙を
「動かないで」のひと言で黙らせると、
侑久は慣れた手付きで外踝や内踝、
舟状骨を軽く圧迫しながら触れた。

 「ここ、痛む?」

 「……ううん」

 「じゃあ、ここは?」

 「……平気そう」

 「じゃあ……少し歩いてみて」

 一通り千沙の足に触れ、痛みがないか
確かめると、侑久は立ち上がって千沙の
手を握った。

 「わ、わかった」

 言われるまま、ゆっくりと侑久の手を
握り、地に足を這わせる。全体重を乗せ
ることは出来ないけれど、ひょっこりと
引きずるような形なら、何歩か歩くこと
は出来た。その様子を見、侑久は小さく
頷く。

 「うん。折れてはいないみたいだね。
軽い捻挫かな」

 まるで医者のような口ぶりでそう言う
ので、千沙は思わず目を丸くしてしまった。

 「天才はそんなことまでわかるんだな」

 心底感心しながらそう言うと、侑久が、
ぷっ、と吹き出す。

 「そんなんじゃないよ。前に保健の授業
で聞いたことを覚えてたんだ。引きずって
ても4歩歩ければ捻挫、歩けなければ骨折、
ってさ。それより……」

 パタパタ、と汚れてしまった千沙の服を
叩きながら、侑久が言葉を続ける。
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