白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
 「この足じゃ一人で帰るの無理だよね。
俺が送ってくから、一緒に帰ろう」

 「……送ってくって、自転車なのにどう
やって?」

 千沙は電車通勤だが、侑久は智花と共に
自転車で通学している。斜め前に住んでい
て、同じ場所に向かうのにどうして別々の
方法をとっているのかと言うと、学生服の
彼らに混ざって自転車を漕ぐ自分の姿が、
どうにも滑稽に思えてしまったからだった。

 他にも、タイトスカートとパンプスでは
漕ぎにくい、という理由もあるけれど……。

 千沙の服を叩き終わると、侑久は教員が
使っているいる木製の下駄箱から千沙の
パンプスを取って来てくれた。突っ立っ
たまま侑久の一挙一動を見つめていた千沙
は、「はい」と足元に置かれたそれに、
素直に履き替える。

 「あ、ありがとう」

 「どういたしまして」

 ふわりと笑って見せると、侑久は再び
教員の下駄箱に履き物を戻し、千沙の傍
へ立った。

 「俺が連れて帰るから、先生は自転車の
後ろに乗って。自転車を置いて一緒に電車
で帰ってもいいけど、駅まで結構歩くし、
その足じゃ辛そうだからさ」

 その言葉に目を見開き、千沙は小さく
首を振る。

 もしかして、と思っていたが……。

 自転車の後部座席は本来荷物を載せる
ためにある。母親が幼児用の座席を取り
付けて子供を乗せるなら問題ないが、
いい大人が二人乗りをすれば違法行為。
 
 運悪く見つかれば罰金ものだ。

 「いや、いい。一人で帰る。教師の自分
が進んで生徒に違法行為をさせるなんて」

 「道路交通法57条2項に反するって?
言っておくけど、先生たちが気付いてい
ないだけで、うちの生徒も結構二ケツ
やってるよ?大通りを走らなければ大丈
夫だって」

 「なっ……何言って」

 「それに、その恰好じゃ電車乗るの恥ず
かしいでしょう?ストッキング、思いっき
り伝線してる」

 その言葉にはっとして自分の脚を見る。

 侑久の言う通り、肌色のストッキング
には見事な白い線が走っている。転んだ
時に右膝をぶつけたのか、膝小僧もほん
のりと青くなっていた。

 「な、ならタクシーで帰る!」

 「大通りまで歩くの?痛いでしょ」

 「タクシー会社の番号調べて呼びつけ
るから大丈夫だ。大人なんだから自分の
ことは自分で何とかする!」

 絶対にお前の後ろには乗らないぞ、
という気迫に満ちた顔を千沙は侑久に
向けた。

 数秒の沈黙ののち、侑久は「はあ」
と、わかりやすいため息をつくと、
「本当に強情なんだから……」と、
千沙に聞こえるように呟いた。

 そのひと言にぐうの音も出ず、千沙
はふい、と視線を逸らしてしまう。

 強情なところがあるのは、自分でも
重々承知している。けれど、素直に
侑久の申し出に頷けないのは、少しで
も彼の経歴に傷がついてはいけないと
思うからだ。――人の気も知らないで。

 そんな言葉がつい頭に浮かんでしまう。


 ※自転車の二人乗りは違法行為です。
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