白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
「原稿用紙3枚分、今週中に書いて欲し
いって言うから、その場で書いて渡して
きた」
「その場で?」
「そう」
「さすがだな」
「1200字くらいすぐ書けるって」
相変わらずの優等生ぶりに感心して声を
上げた千沙に、やはり侑久は何てことない
といった様子で笑ってのける。
――楽しかった。
こんな風に、二人でゆっくり話すのは
いつぶりだろう?侑久の隣にはいつも
智花がいて、自分は教師で、こうして
幼馴染の顔をして話せる時間はとても
少なくなっていた。
「そっか……だからいなかったのか」
「ん?何?」
そんなことを思いながら、つい余計な
ことを口走ってしまった千沙に侑久が耳
を傾ける。
「いや、何でもない」
千沙は慌ててその場を取り繕うと、はた、
とあることに思い至った。
「それはそうと侑久、その……重くな
いか?飛ばすと言ってたわりに、ずいぶ
んゆっくり漕いでるみたいだけど」
冷たい夜風を受けながら、時折り通り
過ぎる通行人を避けながら、のんびりと
ペダルを漕いでいる彼の背中に訊く。
幸い、学校から自宅までの道筋に急な
坂道はなかったが、それでも、ところ
どころなだらかな上り坂はあった。
うーん、と少し唸ってから、侑久が
答える。
「ちょっとだけ、重いかも」
「えっ、やっぱり!?……じゃあ」
降りる、と言いかけた千沙の手を、
がしりと侑久が掴む。冷えた風で冷た
くなった、けれど、大きく骨ばった左手
が強く千沙の手を握りしめる。
「動いたら危ないって。ぜんぜん重く
ないとか、格好いいことは言えないけど
さ、何て言うか……ちぃ姉の重さが、今
は嬉しいんだ。ああ俺、ちぃ姉を乗せら
れるくらい大人になったんだなって、
ちょっと感動してる。ちぃ姉は覚えてる?
昔、俺を後ろに乗っけて市民プールに
連れて行ってくれたの」
じんわりと互いの体温を分け合って
温かくなり始めた手の甲を意識しなが
ら、侑久の言葉に遠い記憶を呼び起こす。
あれは中学に上がったころだったか。
夏の陽射しに焼かれた木々の匂いと、
降りかかるような蝉の鳴き声に背を押
されながら、母と二人、暇を持て余し
ている智花と侑久を自転車の後ろに
乗せて近所の市民プールへ連れて行っ
たのだ。
智花は母のチャイルドシートに。
侑久は千沙のリアキャリアに。
まだ幼稚園生とは言え、幼児から子供
へと成長し始めていた侑久の身体は意外
に重く、千沙は汗びっしょりになりなが
ら、15分の道のりを必死に漕いだのだ
った。
「覚えているよ。帰りは隣の駄菓子
屋で母がかき氷を買ってくれて……
三人で店先に置いてあった木の椅子
に座って食べたな」
「そうそう。俺がメロンで、智花が
イチゴ、ちぃ姉はレモン味だったね」
「そうだっかな?細かいことまでは
覚えてないけど、でも粉雪みたいな
かき氷がすぐに解けてしまったのは
記憶に残ってる」
いって言うから、その場で書いて渡して
きた」
「その場で?」
「そう」
「さすがだな」
「1200字くらいすぐ書けるって」
相変わらずの優等生ぶりに感心して声を
上げた千沙に、やはり侑久は何てことない
といった様子で笑ってのける。
――楽しかった。
こんな風に、二人でゆっくり話すのは
いつぶりだろう?侑久の隣にはいつも
智花がいて、自分は教師で、こうして
幼馴染の顔をして話せる時間はとても
少なくなっていた。
「そっか……だからいなかったのか」
「ん?何?」
そんなことを思いながら、つい余計な
ことを口走ってしまった千沙に侑久が耳
を傾ける。
「いや、何でもない」
千沙は慌ててその場を取り繕うと、はた、
とあることに思い至った。
「それはそうと侑久、その……重くな
いか?飛ばすと言ってたわりに、ずいぶ
んゆっくり漕いでるみたいだけど」
冷たい夜風を受けながら、時折り通り
過ぎる通行人を避けながら、のんびりと
ペダルを漕いでいる彼の背中に訊く。
幸い、学校から自宅までの道筋に急な
坂道はなかったが、それでも、ところ
どころなだらかな上り坂はあった。
うーん、と少し唸ってから、侑久が
答える。
「ちょっとだけ、重いかも」
「えっ、やっぱり!?……じゃあ」
降りる、と言いかけた千沙の手を、
がしりと侑久が掴む。冷えた風で冷た
くなった、けれど、大きく骨ばった左手
が強く千沙の手を握りしめる。
「動いたら危ないって。ぜんぜん重く
ないとか、格好いいことは言えないけど
さ、何て言うか……ちぃ姉の重さが、今
は嬉しいんだ。ああ俺、ちぃ姉を乗せら
れるくらい大人になったんだなって、
ちょっと感動してる。ちぃ姉は覚えてる?
昔、俺を後ろに乗っけて市民プールに
連れて行ってくれたの」
じんわりと互いの体温を分け合って
温かくなり始めた手の甲を意識しなが
ら、侑久の言葉に遠い記憶を呼び起こす。
あれは中学に上がったころだったか。
夏の陽射しに焼かれた木々の匂いと、
降りかかるような蝉の鳴き声に背を押
されながら、母と二人、暇を持て余し
ている智花と侑久を自転車の後ろに
乗せて近所の市民プールへ連れて行っ
たのだ。
智花は母のチャイルドシートに。
侑久は千沙のリアキャリアに。
まだ幼稚園生とは言え、幼児から子供
へと成長し始めていた侑久の身体は意外
に重く、千沙は汗びっしょりになりなが
ら、15分の道のりを必死に漕いだのだ
った。
「覚えているよ。帰りは隣の駄菓子
屋で母がかき氷を買ってくれて……
三人で店先に置いてあった木の椅子
に座って食べたな」
「そうそう。俺がメロンで、智花が
イチゴ、ちぃ姉はレモン味だったね」
「そうだっかな?細かいことまでは
覚えてないけど、でも粉雪みたいな
かき氷がすぐに解けてしまったのは
記憶に残ってる」