白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
そう答えながら、ふと千沙はあること
に気付いて口元を緩める。今にして思え
ば、あの時も立派な違法行為だったのだ。
16歳に満たない子供が、子供を乗せて
走っていたのだから。けれど、あのころ
は全ての取締りが今ほど厳しくなかった
ように感じる。
大人が煙草を吸う姿はそこかしこで見
つけることが出来たし、酒類を買うのに
レジで年齢確認をされることもなかった。
小さなルールを守ることで社会が健全
に回るのかも知れないが、その一方で息
苦しく感じることも増えたのではないだ
ろうか。ルールに一番敏感な自分がそう
思うのだから、もしかしたら自由が失わ
れていくように感じる人もいるかも知れ
ない。
そんなことを考えていた千沙の意識が、
侑久の声に引き戻される。
「あのころはさ、ずっとこのまま子供
でいたい、って思ってたんだ。大人にな
って怪人29面相ごっこが出来なくなるの
も寂しかったし、ちぃ姉の後ろに乗せて
もらえなくなるのも、寂しくて仕方なか
った。でも、今は早く大人になりたいと
思ってる。ちぃ姉に守られるよりも、俺
がちぃ姉を守りたいと思うし、こうやっ
て困ってる時は一番に頼られたい。俺、
ちぃ姉のこと大事に思ってるからさ。
だからいまは、ちぃ姉の重さを感じられ
ることが嬉しいんだ」
「……侑久」
遠い声をして、そんなことを言ってく
れるので、千沙は心が震えてしまうのを
止められない。
大人になりたくないと思ったのも、
大人になりたいと思うのも、
全部自分のためだと侑久が言っている。
――どうすればいい?
――愛してしまいそうだ。
たとえその言葉が姉としての自分に
向けられたものだとしても、侑久が
大事だと、守りたいと言ってくれる
だけで、自分が教師であることも、
恋人がいることさえも忘れてしまい
たくなる。
侑久に恋焦がれる一人の女性に、
なってしまいそうだった。
「私も……大事に思っているよ、
侑久のこと」
そう、口にするのが精いっぱいだ
った。それ以上何かを口にすれば、
想いが溢れ出てしまいそうで……
千沙はきつく口を結ぶ。結んだ瞬間、
十字路の右側から走って来た車に、
キッ、と侑久がブレーキをかける。
その反動で千沙の身体が、侑久に
引き寄せられた。
頬が彼の肩に触れる。
ひんやりとしたコートの向こうに、
侑久の体温を感じる。
眩いヘッドライトと共に車が行き
過ぎ、自転車がまた走り出しても、
千沙はその頬を離すことが出来なか
った。
――今だけ。ほんの少しだけ。
心の内で祈るようにそう思いながら、
肩に頬を寄せたまま目を閉じる。
に気付いて口元を緩める。今にして思え
ば、あの時も立派な違法行為だったのだ。
16歳に満たない子供が、子供を乗せて
走っていたのだから。けれど、あのころ
は全ての取締りが今ほど厳しくなかった
ように感じる。
大人が煙草を吸う姿はそこかしこで見
つけることが出来たし、酒類を買うのに
レジで年齢確認をされることもなかった。
小さなルールを守ることで社会が健全
に回るのかも知れないが、その一方で息
苦しく感じることも増えたのではないだ
ろうか。ルールに一番敏感な自分がそう
思うのだから、もしかしたら自由が失わ
れていくように感じる人もいるかも知れ
ない。
そんなことを考えていた千沙の意識が、
侑久の声に引き戻される。
「あのころはさ、ずっとこのまま子供
でいたい、って思ってたんだ。大人にな
って怪人29面相ごっこが出来なくなるの
も寂しかったし、ちぃ姉の後ろに乗せて
もらえなくなるのも、寂しくて仕方なか
った。でも、今は早く大人になりたいと
思ってる。ちぃ姉に守られるよりも、俺
がちぃ姉を守りたいと思うし、こうやっ
て困ってる時は一番に頼られたい。俺、
ちぃ姉のこと大事に思ってるからさ。
だからいまは、ちぃ姉の重さを感じられ
ることが嬉しいんだ」
「……侑久」
遠い声をして、そんなことを言ってく
れるので、千沙は心が震えてしまうのを
止められない。
大人になりたくないと思ったのも、
大人になりたいと思うのも、
全部自分のためだと侑久が言っている。
――どうすればいい?
――愛してしまいそうだ。
たとえその言葉が姉としての自分に
向けられたものだとしても、侑久が
大事だと、守りたいと言ってくれる
だけで、自分が教師であることも、
恋人がいることさえも忘れてしまい
たくなる。
侑久に恋焦がれる一人の女性に、
なってしまいそうだった。
「私も……大事に思っているよ、
侑久のこと」
そう、口にするのが精いっぱいだ
った。それ以上何かを口にすれば、
想いが溢れ出てしまいそうで……
千沙はきつく口を結ぶ。結んだ瞬間、
十字路の右側から走って来た車に、
キッ、と侑久がブレーキをかける。
その反動で千沙の身体が、侑久に
引き寄せられた。
頬が彼の肩に触れる。
ひんやりとしたコートの向こうに、
侑久の体温を感じる。
眩いヘッドライトと共に車が行き
過ぎ、自転車がまた走り出しても、
千沙はその頬を離すことが出来なか
った。
――今だけ。ほんの少しだけ。
心の内で祈るようにそう思いながら、
肩に頬を寄せたまま目を閉じる。