白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
迷える子羊のような千沙の思考を察し
たのか、智花がその時の様子を口にする。
「たっくんね、イラついてたよ。敬愛
するちぃ姉のあんな姿見ちゃって、がっ
かりしたみたい。たっくんって、ちぃ姉
のこと聖女みたいに思ってるところがあ
るから、自分の理想像が崩れて失望しち
ゃったのかも。だから、『私たちも、しち
ゃおっか』って誘ったらその気になっち
ゃったの。智花は慰めてあげたつもりな
んだけどね」
智花の言葉に、あの時の侑久の顔が目
に浮かぶ。完全に表情の消えた――顔。
やはり幻滅されてしまったのだと知れ
ば、指先から体温が抜けてゆく。そして、
智花の誘いに乗ってしまった侑久の心理
も、何となくだけど想像できた。
道義心の塊のような千沙が、人目を
憚ることなく、キスしている場面を見て
しまったのだから……。
ふ、と、自嘲の笑みが零れた。
たった一度、恋心に溺れただけで、
このザマだ。
「じゃ、智花ご飯食べてくるね」
心ここにあらず、といった様子の千沙
を一瞥すると、智花はくるりと踵を返し、
階下へと下りてゆく。千沙はよろけるよ
うにして傍にあった椅子に腰かけると、
目の前の窓に映り込む自分を見た。
その顔は、恋を失くした少女そのも
ので、ようやく千沙は失恋したのだと、
自覚した。
翌日。
終業式を終えた校内は、どことなく
浮かれた空気が漂っていた。
それもそのはずだった。今日はクリス
マスイブで、受験を間近に控えた高三生
を除けば、皆それぞれに楽しい予定があ
るに違いない。例外的に、受験生であり
ながら、「今日は約束があるから、夕食
は外で食べてくるねぇ」と母親に宣って
いる生徒を朝の食卓で見かけたが……。
もしかしたら、侑久と出掛けるのかも
知れない。そう勘ぐれば、クリスマスな
ど消えてしまえと思う、嫌な自分がいる
ことに気が沈んだ。
「……もう終わったことだ」
空虚な気分のままそう呟くと、千沙は
いつものように歴史資料室へ向かった。
――ギギ。
古びた木製の椅子に背を預けると、木
が撓りどこかノスタルジックな音がした。
歴史資料室の奥にある執務室は4畳ほ
どの狭い空間で、趣のある木の扉を閉め
れば、まるで納戸のようである。
壁に沿って並べられた業務用のスチー
ル棚には、陽に焼けた段ボールがぎっし
りと収められていて歩けるスペースは
あまりなかったし、カーテンの引かれ
ていない小窓からは淡い陽光が射し込ん
でいるが、今にも切れそうな蛍光灯を
灯しても室内はやや薄暗い。
その狭い空間の入り口近くに、昭和の
遺物に違いないデスクがひとつ。
味わい深い木目を見て取れる天板の下
には教科書や筆記用具を入れるスペース
がきちんとあり、シンプルな構造ながら
も使い古された温もりがあった。
デスクで半分ほど書き進めた学級通信
の原稿を一読すると、千沙は息をつき、
席を立った。身体を解すように伸びをし
ながら、小窓に歩み寄る。
たのか、智花がその時の様子を口にする。
「たっくんね、イラついてたよ。敬愛
するちぃ姉のあんな姿見ちゃって、がっ
かりしたみたい。たっくんって、ちぃ姉
のこと聖女みたいに思ってるところがあ
るから、自分の理想像が崩れて失望しち
ゃったのかも。だから、『私たちも、しち
ゃおっか』って誘ったらその気になっち
ゃったの。智花は慰めてあげたつもりな
んだけどね」
智花の言葉に、あの時の侑久の顔が目
に浮かぶ。完全に表情の消えた――顔。
やはり幻滅されてしまったのだと知れ
ば、指先から体温が抜けてゆく。そして、
智花の誘いに乗ってしまった侑久の心理
も、何となくだけど想像できた。
道義心の塊のような千沙が、人目を
憚ることなく、キスしている場面を見て
しまったのだから……。
ふ、と、自嘲の笑みが零れた。
たった一度、恋心に溺れただけで、
このザマだ。
「じゃ、智花ご飯食べてくるね」
心ここにあらず、といった様子の千沙
を一瞥すると、智花はくるりと踵を返し、
階下へと下りてゆく。千沙はよろけるよ
うにして傍にあった椅子に腰かけると、
目の前の窓に映り込む自分を見た。
その顔は、恋を失くした少女そのも
ので、ようやく千沙は失恋したのだと、
自覚した。
翌日。
終業式を終えた校内は、どことなく
浮かれた空気が漂っていた。
それもそのはずだった。今日はクリス
マスイブで、受験を間近に控えた高三生
を除けば、皆それぞれに楽しい予定があ
るに違いない。例外的に、受験生であり
ながら、「今日は約束があるから、夕食
は外で食べてくるねぇ」と母親に宣って
いる生徒を朝の食卓で見かけたが……。
もしかしたら、侑久と出掛けるのかも
知れない。そう勘ぐれば、クリスマスな
ど消えてしまえと思う、嫌な自分がいる
ことに気が沈んだ。
「……もう終わったことだ」
空虚な気分のままそう呟くと、千沙は
いつものように歴史資料室へ向かった。
――ギギ。
古びた木製の椅子に背を預けると、木
が撓りどこかノスタルジックな音がした。
歴史資料室の奥にある執務室は4畳ほ
どの狭い空間で、趣のある木の扉を閉め
れば、まるで納戸のようである。
壁に沿って並べられた業務用のスチー
ル棚には、陽に焼けた段ボールがぎっし
りと収められていて歩けるスペースは
あまりなかったし、カーテンの引かれ
ていない小窓からは淡い陽光が射し込ん
でいるが、今にも切れそうな蛍光灯を
灯しても室内はやや薄暗い。
その狭い空間の入り口近くに、昭和の
遺物に違いないデスクがひとつ。
味わい深い木目を見て取れる天板の下
には教科書や筆記用具を入れるスペース
がきちんとあり、シンプルな構造ながら
も使い古された温もりがあった。
デスクで半分ほど書き進めた学級通信
の原稿を一読すると、千沙は息をつき、
席を立った。身体を解すように伸びをし
ながら、小窓に歩み寄る。