白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
 「こら!心配かけるな!!」

 その声にびくりと肩を震わせ、振り返っ
た侑久が白い歯を見せる。その表情は母親
に悪戯が見つかった子供のもので、千沙は
ずんずんと彼に歩み寄った。

 「ちぃ姉、迎えに来てくれたんだ」

 とぼけた顔でそう言って肩を竦めた侑久
に、持ってきたパーカーを差し出す。
 そうして、腰に手をあて、キッと睨んだ。

 「中学生のくせに、こんな遅くまで出歩
いてたら補導されるぞ!!」

 もっとも、こんな場所まで補導員が来る
ことはないだろうけど……と、思いながら
も顔を覗き込むと、侑久は拗ねたように口
を尖らせる。

 「子ども扱いすんな」

 そう言った彼の目は、なぜか嬉しそう
に細められていて、その大人びた眼差しに、
一瞬、どきりと鼓動が鳴り、千沙は狼狽え
てしまった。

 「俺は男だから危険なことはないし、
別に繁華街をふらついてるわけでもない
から補導はされないよ」

 「だっ、だからって、親に心配かけて
いい理由にはならないだろ。おばさん、
電話に出ないって心配してうちの親に
連絡して来たんだから!」

 第二次成長期特有のハスキーボイスに
またどきりとしながら、千沙は姉の顔を
して侑久を叱責する。いつのまに、声変
わりが始まったのだろう?ついこの間ま
で、子供らしい甘えた声だった。

 「はいはい、電話ね」

 ぎゃあぎゃあと隣で喚く千沙を他所に、
侑久はどこからか携帯を取り出し、電話
をかけ始める。

 「ああ、母さん?うん……隣にいるよ。
明日休みだし、もう少し観てから帰る」

 そう短く要件を伝えると、プチ、と
電話を切り千沙に笑いかけた。

 「これで問題なし。ちぃ姉、せっかく
来たんだからさ、一緒に観ようよ」

 愛おしそうに望遠鏡を擦りながらそう
言った侑久に、千沙は断る理由を見つけ
られなかった。

 「ちょ、ちょっとだけなら……」

 ぎこちなく頷くと、侑久は笑みを深め
「こっち来て」と、千沙の背に手をあて
る。その自然な動きに、侑久の大きくな
った掌に、不覚にも千沙の頬は染まって
しまった。言われるまま、望遠鏡の接眼
レンズを覗く。するとそこには、手が届
きそうなほど近くに、天満月(あまみつつき)※が見える。
 千沙は初めて見るその美しさに、思わず
「うわぁ」と、感嘆の声を漏らした。

 「神秘的でしょう?父さんが150倍ま
で見えるやつを買ってくれたから、木星
まで見える。月面の右上辺りにあるのが、
ティコクレーター。これは満月になると
光条(レイ)を放つことで有名なんだ。直径
は85キロくらいだからそんなに大きな
クレーターじゃないけど、夜空が澄んで
る時は肉眼でも見えるよ」

※満月の別名。空いっぱいに光輝く月、
という意味。
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