白いシャツの少年 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】
 その眼差しを受け止めながら、ふと、思う。
 侑久はいつから自分を好きでいてくれたの
だろうか、と。子供のころからと言っていた
が、それを、いま、訊ねてもいいだろうか?

 「……侑久」

 じっと自分を見つめている侑久の名を呼ぶ
と、彼は声もなく首を傾げた。

 「その……いつから、私のことを……好き
だと思ってくれていたのか、聞きたくて……」

 恥らいに頬を染めながらとぎれとぎれに
問えば、「ああ」と息を吐きながら侑久が笑う。
 こんなことを訊く日が訪れるなんて。まだ、
夢を見ているようで、心はふわふわしている。
手を伸ばし、やんわりと千沙の手を握ると、
侑久は僅かに目を伏せて言った。

 「なげけとて 月やはものを 思はする
かこち顔なる わが涙かな……って歌、この
場所で俺が口ずさんだの、覚えてる?」

 「……覚えてる。西行法師のだろう?」

 「そう。月を前に恋人のことを想いながら
詠んだ歌。あの歌、実はちぃ姉への告白のつ
もりで口にしたんだ」

 その言葉に千沙は目を見開き、声を失う。
 まさか、あの歌が自分に向けられたものだ
ったとは。「古文の授業で覚えた」などと、
素知らぬ顔で言った侑久を思い出せば、そん
な想いに気付けるはずもない。
 千沙の反応に目を細めると、侑久は握る手
に力を込めた。

 「あの時、俺は中二で、ちぃ姉は大学生で。
まともに気持ちを伝えても信じてもらえない
だろうと思ったんだ。きっと、笑って『あり
がとう』で済まされると思った。だから……、
あの歌に想いを込めて、待つことにした。
7歳の差は何年待っても埋まらないけど、俺
が男だって意識してもらえる年まで待って、
気持ちを伝えるつもりでいたんだ。まさか、
その前に縁談が決まるなんて思ってもみなか
ったから、焦ったけど」

 そう言って、もう片方の手で千沙の頬に触
れる。そっと撫でるように触れた掌は、冬の
空気を吸って冷たいのに、やがてじんわりと
温もりが移ってくる。その手を包むように
自分の手を重ねると、千沙はさらに訊ねた。

 「でも、どうして……その、私がいいと
思ったの?侑久の周りには女の子がたくさん
いて、智花だってずっと側にいたのに……」

 「いつからの次は、どうして?ちぃ姉は
どうしてそんなに自分に自信がないのか……
不思議だね」

 「……うっ」

 肩を竦めながらそう言った侑久に、千沙は
返す言葉が見つからない。容姿に自信がある
とは言えないし、性格的にも実直過ぎて面白
味があるとも言えない。長所は?と聞かれれ
ば、「真面目なところ」と、答えるしかない
だろう。そんな自分が侑久に愛されているな
んて、やはり夢のようだと思ってしまうのだ。
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