メール婚~拝啓旦那様 私は今日も元気です~

*半年後*


「…ということで、工事は順調に進んでいます。キャンプ場のオープンは予定通り来年四月になりそうです」
「わかった。そのまま進めてくれ」
「承知いたしました」

部下は丁寧に頭を下げてから、部屋を出て行った。
安西はそれを見送った後、部屋の中を見た。今日もオフィスは秋の陽射しで満ちている。
このオフィスにしてよかった。太陽の光は気持ちを温かくしてくれる。
安西は静かに微笑んだ。

安西は一ヶ月前に仕事に復帰した。

三ヶ月に及ぶ入院生活と、その後の自宅療養、リハビリを経て、ようやくここに戻ってこれた。運動はまだできないが、普通の生活はもう送れる。

安西を刺した犯人が元町長だと聞いたときには絶句した。刺されたことはもちろん許せないが、そこまで元町長を追い込んだことに辛さも残る。
安西にできることは、これからはさらに人の心に寄り添う仕事をしようと決意することだけだ。


安西は灯里からの最後のメールをもう一度開いた。

『拝啓旦那様
三月の穏やかな陽射しの中、最後のお便りを書いています。
何から書いていいのか迷ってしまいますが、まずは意識が戻られたことに心から安堵しております。時間はかかるけれど、生活するのに支障ない状態にまで回復できるそうですね。本当に何よりです。どうかゆっくりとご静養くださいませ。
三月末の契約終了を待たずに、ここを離れてゆくこと、申し訳なく思っております。でも、この地も町おこしの方針が決まりましたので、私の任務は終了とさせてください。契約書で交わした約束どおり、理由なく土地を離れますので、旦那様が慰謝料を払う必要はありません。

この三年間、楽しい思い出がたくさんできました。これもひとえに旦那様のお陰です。本当にありがとうございました。今後の旦那様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。私はこれからも元気です。灯里』

安西が意識を取り戻した三日後に、灯里の家の鍵とサイン済みの離婚届が速達で今西に届いた。「お世話になりました」と一言だけ書かれた手紙が添えられて。


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