君との恋の物語-Blue Ribbon-

出会い


暖かいお茶を飲んで、ほっと一息ついた。
2月。自宅学習に入って早1ヶ月。センター試験も無事に終えて、いよいよ大学入試の直前まできている。
ということは、そっか。もうすぐ別れて1年になるのね。どうせあなたのことだから、今だって余裕でいるんでしょう?
努力して努力してやっとな私からみたら、羨ましいわ。
でもいいの、私は私。努力してない私なんて、私らしくないし。
そう、だから別れたの。あなたの生き方を、どうしても羨ましく思ってしまうから。それに、とてもズルく見えてしまうから。
お互い認め合えないなら、一緒にいる意味はないもんね。
もうやめよ。私は、これからの私の人生は、楽しみなことがいっぱいなのよ!
終わった恋のことなんて、もういいの。
大学生活、今から楽しみね。
部活でやる音楽も、もちろん一生懸命やっていたけど、もっと深く音楽を掘り下げて勉強したい。そう思って茨城大の音楽教育学科を志望している。でも、教師を目指すからと言って実技にそこまで力を入れないのも違う。私はプロを目指すつもりでクラを吹き続けるし、音楽の勉強もしっかりやる。その上で、教師として必要な教育課程も受講するっていうイメージね。
教えに来てくださっている先生は、プロの方達ばかりなんだから、条件は音楽大学と一緒だと思っている。結局どこまで学べるかは、本人のやる気次第なのよ。

さて、もう少し勉強したら、練習しようかな。


3月には合格と発表され、私は晴れて大学生になった。
何故か皆、受験が終わったら勉強から解放されたみたいなことを言うけど、それはちょっと違うと思う。
むしろ、勉強が楽しくなるのはこれから!
私は4年間の一分一秒も無駄にせず成長したい!勉強も、遊ぶことだって成長!それに、大学生活を終えたら今度は社会人として、人生を謳歌するの!
いつでも、いつまでも成長し続けたい。
そうやって頑張っている方が、人生が楽しいと感じるから。


卒業式はさすがにちょっと泣いた。
高校生活も、楽しかったもん。当たり前よね。
でも、これからよ!
前向きに行くわ!!










これで、本当にさよならね、詩乃。
もう会うこともないでしょうけど、元気でね。










4月。待ちに待った大学生活の始まり!
私は高校からの同級生で、マリンバ専攻の福田夏美と一緒に入学式に出席した。
私が入った学科は入学後の大きなイベントは2つ。
門下の顔合わせと、管打楽器科の顔合わせ。
それから、私が個人的に目標としていることは、打楽器の友達を作ること。
私は教員志望なので、もしなれたら当然吹奏楽部の顧問もやりたいと思ってる。
でも、その為には打楽器の知識がどうしても必要になる。いやいや、それを言うなら金管もだろ、とか、クラ以外の木管は?ってなると思うけど、管楽器は、吹奏楽の授業の中で上手な子を見つければいいの。
でも、打楽器は正直上手い下手もよくわからないので、授業の中で見つけるのは難しい。
それに、実は既に候補がいるのよ。
夏美?いいえ、夏美ではないわ。夏美は、マリンバ専攻だから。
これは、夏美本人が教えてくれた。

『打楽器って、鍵盤と太鼓ではちょっと考え方も奏法も違うんだ。もし、吹奏楽の中での打楽器について知りたいなら、太鼓の人に聞いた方がいいと思う。ほら、次の学校でティンパニにいる子。あれが例の樋口君だよ。彼は、多分合格すると思うし、この間ちょっと聴いたけど本当に上手だから、彼に聞くといいよ!あ、でも、たまには私にも聞いてね!』
と言うのを聞いたのが、去年のコンクールの時。
その時には、例の樋口君も、夏美も、茨城大でレッスンを受けていて、何度か顔を合わせていたらしい。と言っても、会話はなかったみたいだけど。
というわけで、まずはその樋口君と一言交わしてみたいのよね!
私は、管打楽器科の顔合わせが行われる部屋に入るなり、辺りを見回した。
すると、彼は開始ギリギリの時間に一人で入ってきて、そのまま一人で座った。
チャンス!!
私は、今入ってきました、みたいな顔して近づいていった。
「あの、隣いいかしら?」
振り向いた彼は、なんとも端正な顔立ちをしていた。
『あぁ、どうぞ。』
どうしよう、なにか会話しなきゃ。
「あなた、楽器は?」
『あぁ、打楽器、だけど。』
知ってるわ笑
「あぁ、打楽器なんだ、私はクラリネットなの。よろしくね。」
『俺は打楽器の樋口だ。よろしく。』
そう言った彼の笑顔は、微笑んでいるというよりは、なにか面白いことがあって笑っているような表情だった。
なによ、私の顔になにかついてる?笑
「私、教師になって吹奏楽をやりたいんだけど、打楽器のことは全くわからないの。だから、よろしくね。私は峰岸、峰岸結。」
結って呼んで、は言わないでおいた。
『それなら、俺も同じだ。教師になりたいのも、吹奏楽をやりたいのも。それに、木管のことは全然わからないし、』
いいわ。あなた。すごく落ち着いていて、自信に満ちている。すごく努力してきたんだなってなんとなく伝わるし、これからもきっと、努力を続ける人なんだと思う。
さすが、入試で1位を取るだけあるわ。
「樋口君、話しやすいね。吹奏楽の授業は履修するよね?」
『うん、そのつもりだよ。今年はわからないけど、いずれはAブラスにも参加したいと思ってる。』
Aブラスというのは、全学年を対象にオーディションを行って、合格した30名だけで組む選抜バンドのこと。
「Aブラスね。私は今年もオーディションを受けるわ。樋口君は受けないの?」
『いや、俺も受けようとは思っている。けど、打楽器科は全部で9人だし、合格枠は4人だから、ちょっと難しいかな。。?』
あら
「謙虚なのね。でもあなた、入試はトップでしょ?」
あ、やばっ
『そうだけど、なんで知ってるんだ?それに、トップと言っても3人しかいない中でのトップだ。先輩たちを含めたらまだまだだよ』
「冷静なのね。でも、あなたみたいな人こそ受けるべきね!」
うまく誤魔化した、つもりだった。
そこでちょうど教授が入ってきて話は中断になった。
助かったわ。笑
顔合わせは無事に済んで解散になった。

んー、もうちょっと話したかったわね。


今日はこれで終わりだったので、クラ専用の練習室に顔を出してみた。
この部屋は、クラリネットの学生なら学年関係なくいつでも使っていいことになっている。
と言っても、全員同じ部屋で音を出したら自分の音が聞こえなくなるので、限度はあるわね。
クラ専用部屋はここと、もう一つ。
まぁ、試験前とかはきっと混むから、その時は授業で使われている教室を予約するしかないわね。

今は、13時。
夕方まで練習できたらいいけど、混み具合によるわ。
と思って練習し始めたら、1時間もしないうちに混み始めてしまった。
初日から一年の私がずっと使ってるのもあんまりよくないわね。
今日は帰ろうかな。

そうだ、樋口君、まだ残ってるかしら??
打楽器の部屋は、確か本館の地下ね。
さすがに打楽器部屋を覗く訳にはいかないか。。
ちょうどいいわ。本館の入り口が見える辺りで、履修計画でも立ててみようかしら。
クラの練習部屋があるB館のロビーからは、本館入り口がよく見える。
ちょうどいいわ。見逃したら、見逃したでいいわ。

履修計画って言っても、資料もなにも全部今日配られたばっかりで、さすがに時間がかかりそう。。
さて、だったらまずは必修から埋めていくのが良さそうね。うん、やっぱり。必修だけでも結構あるわ。後は、半期で取得できる授業はどれを前期で取ってどれを後期に回すか。ね。
なんてことを考えてたらもう14時半を回っていた。
そろそろかな?いや、なんとなくだけど。笑

私はいつでも出られるように片付けを始めた。
最後にスケジュール帳と携帯だけ残して、今後の予定を確認する。
私は、大学生活が落ち着くまではバイトはしないことにしている。春休み中の短期バイトでちょっとは蓄えもあるし、履修とレッスンの日程が決まって慣れるまでは集中したいから。
ん?あれは?


あ、やっぱり樋口君だ。
我ながら勘がいいなとちょっと感心した笑


本館を出て正門に向かう彼の後を追い
「あれ?樋口君?」
声を掛けてみた。
「今帰り?」
『うん、峰岸さんも?』
名前覚えていてくれたんだ。
「そう!そういえば、樋口君てどこに住んでるの?」
ちょっとテンションが上がる。
『俺は、栃木県の小山市。だから、結構時間がかかるんだ。。」
やっぱり。高校も小山だもんね。
「小山!私は宇都宮なんだけど、バスが苦手だから小山経由で電車で通ってるんだ!途中まで一緒だね!」
これは本当だった。
これは、仲良くなるチャンスには恵まれてるかも。ん?
「何?どうしたの?」
『いや、なんでもないよ。悪い。うん。バス一緒だな』
え?
「バス?」
『あぁごめん、間違えた。』
なんだろ、元気ないの?

彼は元気がなさそうなので、私は自分のことを喋り続けた。
樋口君も、聞くのは苦じゃないみたいだった。
あ、そう言えば。
「樋口君て、下の名前はなんて言うの?」
『うん?あぁ、恒星って言うんだ。珍しいよな』
反応が一拍遅い。。これは、彼女と喧嘩でもしたのかな?彼の左手の薬指には指輪が光っている。まだ新そうね。
「珍しいけど、いい名前ね。字は、どんな字?」
あなたみたいな人は珍しい。言葉なんてほとんど交わしてないのに、なんていうのかな?器の大きさ?みたいなのを感じるわ。
それこそ、とても同い年には思えないくらい。
どんな経験したらこんな風になれるのかしら?
『字は、惑星、恒星の恒星だよ。恒久の平和の恒に、星。』
「素敵ね。空に纏わる字を持ってるんだね!」
それは、大きな人になるわけだわ。
きっと、これからもっと大きくなるのね。


それにしても、さっきからなんだか上の空ね。
大丈夫かな?
ん?さっきまでほとんど無表情だったけど、今はどことかく寂しそうに見える。
これは。。

「ちょっと、どうしたの?」

また反応が遅い。。

『あ、ごめん』
「謝ることないけど、どうしたの?なんだか考え込んでたみたいだけど。」
さすがに心配になるわ。
『いや、いいんだ。ごめん。』
。。これは、彼女とのことね。
「全然、人それぞれ色々あるわよね。ま、気が向いたら話して!私も今日はいっぱい聞いてもらったし」
ほとんど本心だった。本当はもっと聞いてあげたいけど、今日知り合ったばかりだし、あまり突っ込むのもね。。
『ありがとう。でも、気にしないで。それに』
「それに?」
まさか続きがあると思わなくて、食いついてしまった。。
『あ、俺は、話を聞くのは全然嫌いじゃないし、それに今日みたいに明るい話だったら聞いていたいくらいだ。愚痴は、ちょっと苦手だけど。。』
愚痴が好きな人もそうそういないでしょう。
「そう!それならよかった!私、結構おしゃべりだけど、愚痴はあんまり言わないから!またお話しましょ!」
そうだ、これは聞いておきたい。
「ねぇ、樋口君は彼女さんと付き合って何年くらいなの?」
指輪は新そうだけど。
『うん、この間2年経ったばかりだよ。』
2年。これは強敵ね。
「2年!長いね!じゃ、高校は一緒だったんだ?」
『うん、一緒だよ。音楽はやってないけど。』
なるほど、どうやら私の読みは正しいみたいね。
「そっか、今度彼女さんのこと教えてね!」
『うん、そう言えば、聞きたかったんだけど。』
私は無言で先を促した。
『さっき、あ、顔合わせの時ね。なんで俺が入試で1位だったってわかったんだ?』
なんだ、そんなことか笑
「んーなんとなく、かな!樋口君て、上手そうだから!」
まぁ、それもあるけど、
「というのは嘘。打楽器に福田夏美っているでしょう?あの子、私の同級生なんだ!樋口君のことは、夏美から聞いたの!それで、私打楽器の友達が欲しかったから、思い切って隣に座ってみたんだ!」
敢えて口に出してみた。私はあなたを意識してますよって、伝えたかった。
『あれ?でも、打楽器なら、福田さんが同級生なんじゃ』
気付いたかしら?
『あぁ、福田さんはマリンバ選考だからか』
「そう!マリンバと太鼓って、やっぱり違うと思うのよね。」
それも夏美の受け売りだけどね。
『まぁ、そうだね。俺も、マリンバは全然弾けないしな。だからこそトップを取ってマリンバのレッスンを受けてみたかったんだ。取れたのは、たまたまだけど。』
たまたまってことはないでしょう?
じゃなかったら、私がここまで興味をもつなんてあり得ないわ。
「そんなことないよ。今日、ほんの少し話しただけだけど、樋口君は頑張っている人だと思う。これからもずっとトップでいられるように頑張りましょ!」
彼は、少し微笑んだ。素敵ね。
『峰岸さんも、入試はトップだったの?』
これには自信を持って頷く。
「うん!私も1位だったわ!これからも油断せずに頑張ろうと思ってるわ!」
できれば、あなたと一緒に頑張りたいわ。

そうこうするうちにあっという間に小山駅に着いた。
別れ際、これだけは言っておかなきゃ。
「彼女さんと、仲良くね!」
これは本心じゃなかった。








小山駅で乗り換えて、宇都宮まで戻ってきた。
駅からは歩いてすぐ。だけど、なんだかすぐに帰りたくなかった。

樋口恒星。。彼は、今まで出会ったことのないタイプだと思う。
正直、こんなに素敵な人が同い年にいるとは思わなかったわ。
彼とはもっと話してみたい。できれば音楽のことを、沢山。

そんなことを考えていたら、なんだかおかしくなってちょっと笑ってしまった。
珍しいわ。私が初対面の人にこんなに興味を持つなんて。
でも、これからの大学生活がもっと楽しみなったわ。
え?彼女?
全然気にしてないわ。彼が私に振り向いてくれればいいんだから。
私は私らしくいて、彼の為にできることがあったらやればいいのよ。
別に悲しくも寂しくもない。
彼女には悪いけど、私がどんな人なのかはチャンスがあれば知ってもらえるようにするわ。
別にいいと思うの、だって、彼女に対してなにか嫌がらせするとかじゃないし。
恒星君が彼女のことを好きなうちは、それを邪魔するつもりもない。
そう、私は私らしくいればいい。


うん、今度話す機会ができたら、思い切って恒星君って呼ぼう!

さて、家に帰ったらもう少しクラを吹こう!
何事も前向きに、全力で、よ!
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