君との恋の物語-Blue Ribbon-

オーディション

恒星君との夏のデートも終わり、いよいよ夏休みも本当に終盤に差し掛かった。
ということは、必然的にオーディションの日が近づいていることになる。
この頃の私は、演奏自体は今できる最高のものが出来上がっていて、むしろモチベーションのコントロールの方が難しかった。
私は、8月の半ばに差し掛かった辺りから、意識して早起きをし始めた。
これは、オーディション開始が朝の9時だから。演奏は木管楽器、金管楽器、打楽器に別れて一年生の高音順と決まっていたから、おおよそ私の出番は9時半から10時くらいだとわかっていたからだ。
だから、早起きして7時には学校に着いて、ゆっくり楽器を組み立てて音出しして、ちょうど出番の頃に課題を一通り演奏する。
恒星君にも付き合ってもらって課題を聴いてもらったりもした。
やっぱり人がいるのといないのでは緊張感が違うのよ。逆に、恒星君の演奏も聴かせてもらったりした。
私と恒星君以外にも、同じ事をしている人は数人。まず、クラの藤原先輩。それから、打楽器の増田先輩だった。この4人はほとんど毎日同じことをやってた。
他にも何人かいたけど、毎日ではなかったみたい。
正直全然夏休みの感じはしてない。笑
ずっと合宿しているイメージだった。
でも、おかげで大分スキルアップできたと思う。少しずつ、自分の音を好きになってきた。
今、すっごく充実してて幸せ。
自分のやりたいことを目一杯やって、好きな人にたまに会ってお茶したりデートしたり。
会えなくて寂しいよりも、会えるまで頑張るっていう気持ちの方が断然強かった。
それに、恒星君も同じ気持ちだって、信じることにした。
相手がどう思ってるかなんて、1人でいくら考えてもわからないしね笑

一度決心してからの私は強い。と自分でも思う。
クラリネット奏者としての総合点ではまだまだ私より先輩達の方が上だと思うけど、このオーディションだけは譲れないっていう気持ちは、誰にも負けない!
さて、もうすぐそこまできてるわ!

課題ももう仕上がってきているので、煮詰まらないようにしながらじっくり吹き込んで行く。
そうすると、どうしてもリードの消費も激しくなる。
今日は早くに練習を切り上げて、駅前にある楽器屋さんに寄って行くことにした。
夏休みの間だけでも、もう何度も足を運んでいるお店。店員さんとも、すっかり顔馴染みになった。
『いらっしゃい!いつもありがとね』
「いえ、こちらこそ!」
そういっていつものリードを一箱受け取る。

店長は女性で、30代半ばくらいの人。
さっぱりしてて、とっても話しやすい。
専門はピアノなんだとか。
『あのさ、ちょっといい?』
ん?なんでしょう?
「え?はい、いいですけど。」
『結ちゃん、バイト探してたりしない?』
なんと!
「え?えぇ、まぁ、いずれは探さなきゃなと思ってますけど。」
これは正直な話。
『ねぇ、うちで働かない?結ちゃん、美人だし、人当たりもいいし、楽器のことも詳しいからさ!学内のオーディションが近いんだっけ?そしたらそれが終わってからでもいいし!どう?』
こんなに幸運に恵まれていいのかな?笑
私、この後なんか悪いことが続いたりしないよね?笑
「えっと、私なんかでいいんですか?どうしても楽器の練習があるので、あんまりシフト入れないかもしれないですけど…」
すると、店長はいつもの笑顔のまま言う。
『もちろん!結ちゃんだからお願いしてるんだから!それに、練習の時間がほしいのは私もよくわかってるから大丈夫!むしろ、あんまり沢山働きたいって言われても、その方が難しいのよ』
「ありがとうございます!じゃ、もう少し具体的なことを教えていただけますか?」
『OK!あ、宮本さん!ちょっとレジお願い!』別の店員さんにそう言った後、私に向き直る
『じゃ、ちょっと事務所にきてくれる?』
トントン拍子すぎてびっくりね(°_°)

その後、時給や、シフトのこと、学校が忙しくなる時期なんかも話して、採用してもらえることになった。
ありがたいことに、オーディション後、落ち着くまで待ってくれるようで一安心だった。

楽器屋さんを出て駅に向かっていると、見慣れた後姿を発見した!あれって
あ、やっぱり!
わたしは少し小走りになってその後姿に近づいた。
「お疲れ様!」
声を掛ける前から振り返っていた恒星君は、いつもの穏やかな表情だった。
『お疲れ様!楽器屋?』
「うん、リード買いに行ってたの!そしたら、なんか店長さんに誘われて、バイトとして雇ってくれるって!」
この話には流石に驚いたみたい。目がまんまる笑
『すごいな!さすが結さん、まぁ、確かに楽器屋さんに結さんみたいな人がいたら、お客さんも集まりそうだな』
あら、珍しい
「んー?どういう意味ー?」
私もちょっと仕掛けてみた。
『そのままの意味だよ。美人だからね』
ちょっ!なによその不意打ち
「そ、そんなこと、ないけど。」
笑ってる。もう!なんだか、最初と立場が逆転してきたわね。。
『ところで。』
ん?
「うん」
『いよいよだな。』
やっぱり、その話ね。
「うん、私は、もう思い残すことはないわ。このオーディションは、演奏試験よりずっと時間をかけられたし、やれることは思いっきりやったもの。」
『うん、打楽器の俺から見ても、結さんは本当に上手くなったと思う。多分、合格するよ。』
「ありがとう。その言葉、素直に受けれるわ。それに、そのまま恒星君に返すわ。」
『ありがとう。泣いても笑ってもあと3日だ。お互い、本番で悔いがないようにしたいな』
「そうね!最後まで気を抜かずに頑張りましょ!」
うん、と力強く頷いた後、恒星さんは、思い出したように言った。
『そう言えば、海に行く日は、いつがいい?』
覚えててくれた。よかった。
「私はいつでも大丈夫!土日は今のところ特に予定は入れてないから。」
というより、オーディション準備が忙しくて友達と連絡を取ってなかった。
『そうか。じゃ、オーディション次の日でも?』
「もちろんOKよ!むしろ早く遊びに行きたいくらい!あ、あと、オーディション後、またご飯にいかない?」
『OK!そうしよう。というか、出番が終わったら一回お茶しに出ないか?学校にはいられないし。』
オーディションは、9月1日。オーディションを受ける学生以外は入れないし、演奏後は結果発表まで学校には戻れないことになっていた。

確かに、1人でいても仕方ないわね。。
「そうね。終わったら、連絡取り合いましょう!」



そうして迎えたオーディション当日。
前日の夜をびっくりするほどぐっすり眠った私は、寝覚めも良く、とても落ち着いていた。
時間には余裕を持って起きたし、ゆっくり準備して学校に向かった。

楽器の組み立ても音出しもしっかりと行って、本番用のリードが問題ないこともわかった。
後は、もう落ち着いて演奏することだけ考えよう。
全ての準備を終えたら控え室へ。
まだ誰も来てなかった。
控え室へでも音出しはできるから、私は疲れない程度に、集中力を切らさない程度に吹いていた。
その後、すぐに人が集まってきた。

そして、集合時間になると、学校の事務員さんが入ってきた。
『これから学内オーディションを始めたいと思います。順番に直前練習室に入っていただきます。使用時間は3分。その後、すぐに選考にはいります。演奏番号1番から5番までの方、前の方に集まってください。』
私の演奏順は5番。早速ね。

直前練習室に入ってからは、本当にあっという間。
私が練習室から出ると、今まさに演奏しているのは私の前の前の人。つまり、あと3分ちょっとで出番ってことね。
なんて思っていたら、前の前の人はすぐ出てきた。
次の人が入って、私が会場の前に座る。
さっきから少し息が上がってる。
落ち着いて、深呼吸。いきなりじゃなくて、浅い呼吸から、少しずつ、大きく深くしていく。
大丈夫。まだ時間はあるわ。
それに、今日まであんなに頑張ってきたじゃない。
もう、できることはすべてやったわ。
大丈夫。落ち着いて行きましょう。

扉が開いて、前の人が出てきた。よし。やるわよ。

木管楽器の先生を中心に、10人弱くらいの先生が並んでいた。
大丈夫。意外と冷静だわ。
指定された課題を一曲ずつ丁寧に吹いていく。
コンチェルトの決められた部分を無伴奏で演奏し、オケスタを数曲。
私は最後まで気を抜かずに全ての曲を演奏できた。
演奏後は一例して会場を出た。

やったわ。頑張った甲斐があった。
演奏試験よりも確かな手応えと、満足感があった。



楽器を分解して、早々に学校を出た。
まだメールは入ってない。
【お疲れ様。先に終わったのでいつものお店にいるわ。頑張って。】
オーディション前に見ることはないだろうと思っていたんだけど、返事はすぐにきた。
【俺ももうエレベーターに乗ってる。正門で待っててくれるかい?】
意外と早かったみたいね。


『お疲れ様!』
「お疲れ様!」
いい笑顔ね。いつにも増して素敵よ。
並んで歩き出した。こんなの、結構いつものことなのに、なんか違った。なんだろ?
『どうだった?って聞こうかと思ったけど、必要なさそうだね。うまくいったんだろう?』
え?私そんなにわかりやすい?どんな顔してるんだろ?笑
でも、それは多分、
「えぇ、うまく行ったわ。恒星君もでしょう?」
『うん。ここまで上手くいって落ちるなら、もうどうしようもない。』
そうね。私も同じ。
あぁ、そうか、今日がいつもと違うのは、今日初めて2人の気持ちが重なったからだ。
そう思ったらなんだか安心した。
「いつものお店にする?それとも…」
『散歩にする?だろう?』
すごい
「よくわかったね。。どうしたの?」
『どうしたんだろ?でも、今日は、結さんの気持ちがよくわかる。オーディションで、満足行く演奏ができて、会場を出た時、なんとなく思ったんだ。結さんも、上手くいったなって。根拠はないけど。それで顔合わせたら、満足している顔だったし、今こうして並んでいても、なんとなく結さんから気持ちが流れて来る気がするんだ。』
そっか。恒星君もそんな風に感じてくれてたんだ。
「わかる!私も同じようなこと思ったよ!根拠はないけど!でも、私達、2人とも本当によく頑張ったもんね。何日も学校籠って、何回も弾き合いしたし。そんな夏休みだったからこそ、今共感できるようになったのかもね。」
『そうだな。共感できる相手が結さんでよかった。なんか、安心する。』
「うん。私も。」
いつもの散歩コースに向かって行った。

少し歩いたら、疲れが出てきて、2人並んでベンチに座った。
なんだか眠くなってしまって、気付いたら、お互いに寄り掛かるようなかっこうでうとうとしてしまってたみたい。
私がハッとした時には、恒星君は起きていた。
「ご、ごめん!私、ちょっとうとうとしちゃって。。」
『大丈夫だよ!疲れてそうだったから、起こさなかった。』
「私、どのくらい寝てたんだろ?」
『ほんの少しだよ。15分くらい。』
そっか。よかった。
っていうか、私。。
「ごめん、よりかかっちゃって。」
すると、恒星君も途端に恥ずかしそうな顔をした。
『あ、あぁ、いや、全然大丈夫!気にしないで!』
「ありがと。なんか、恒星君と一緒だと安心しちゃって。こうやってゆっくり話せるのも久しぶりだし。。」
『俺も、同じだよ。結さんといると安心する。』
あぁ、やばい、好きって言いたい。。
と思ったところでまたハッとなった。
どうやら本格的に脳が起きたみたい。
いきなり自分の言った言葉が蘇ってきて焦った。。
すごいこと、言っちゃった(°_°)
あれ?でも、恒星君も…
『どうした?大丈夫?』
「え?あぁ、うん、大丈夫!そろそろ、学校行こうか!結果、出る頃かも。」
危ない。頑張れ私!告白は、せめて明日にしろ!

学校に戻ると、結果が貼り出される直前だった。
藤原先輩や、打楽器の増田先輩はもちろん、受けた全員が緊張の面持ちで待っていた。
クラと打楽器は少し離れたところに貼られるので、恒星君とは一旦解散。それぞれの楽器の人達と一緒にいた。
『それでは、これから結果を掲示致します。押し合わず、冷静に見るようにしてください。』
大きな紙が貼られたキャスター付きの黒板がその場で大きく回転する。
このオーディションは、番号ではなく名前で発表される。
クラ!クラはどこ!?












え?













本当に?



















クラリネット合格者
1st
【藤原恵美】
【峰岸結】
2nd
【蓮田剛】
3rd
【高木舞】
【最上優】
【加藤祐希】
















あれ?私の名前あったよね?
おかしい、滲んじゃって全然見えない…
え?早く見たいのに、あったよね?私の名前!!
『…ちゃん!』
え?
『結ちゃん!!』
ん?
『結ちゃん!!あったよ!!名前、私と一緒に1stだよ!!ほら!よく見て!!』
「先輩、私、受かったんですよね?」
瞼を袖で拭って見た。
【峰岸結】
確かにある。しかも
「1stですよね?私、先輩の隣で吹けるんですよね?」
ここで初めて先輩の顔を見た。
先輩が泣いてる。涙を流しながら、微笑んでくれてる。先輩って、本当に綺麗な人。
『そうだよ!結ちゃん、ありがとね、結ちゃんと話さなかったら、私受けてすらなかったんだもん!よかった!受けてよかったよ!結ちゃんありがとうね!』
「私こそですよ。先輩がいてくださらなかったら、こんなに頑張れませんでした。ありがとうございます。恵美先輩。」
そう言って抱き合って、年甲斐もなくわんわん泣いた。
今までの人生で1番嬉しかった。




そうだ、恒星君は?
と思ったら、すぐそばに立っていた。
私が恒星君の方を見ていると、先輩も気付いて向き直った。
『藤原先輩、結さん、合格おめでとうございます。』
静かな笑顔。
え?どういうこと?
「え?恒星君、は?」
『実は。。。』
え?
『合格してたぞー!!!』
なによ!口元は笑ってたけど一緒焦っちゃったじゃない!
「もう!脅かさないでよ!!よかった!」
思わず抱きついてしまった。
いいやもう、今日ぐらい。笑
『おぉー!!』
珍しく恒星君もすごくテンションが高い。
ありがとう、恒星君。
あなたのおかげで、私は自分の努力を前向きに捉えることができたわ。
【頑張らなきゃ、じゃなく、頑張ればいい。】
この言葉何度も私を支えて、救ってくれた。
結果、2人とも合格することができたのよね。
ありがとう。
恒星君。大好きよ。
これからも、あなたの隣で、頑張っていきたい。隣にいて、頑張るあなたを支えたい。

これで、心置きなく明日告白できるわ!
きっと、上手く行く。
これだけ短い期間でこんなにわかり合って通じ合えたんだもん。
私達は、きっと大丈夫!

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