離婚するはずだったのに記憶喪失になって戻ってきた旦那が愛を囁き寵愛してきます
「お帰りなさいませ」

 コンシェルジュに挨拶されて、複雑な気持ちになる。

(離婚届は渡したけれど、結局、帰る場所はここだなんて…… 早く住む所探さないとな…… )

 玄関のドアを開け、ドキドキしながら、部屋に足を踏み入れる。

(蓮斗さん、帰ってたら気まずいな…… )

 いつもは寂しく、シーンッ……っと静まり帰った真っ暗な部屋に、今日はホッとする。

 顔を合わせなくて済むように、手早くシャワーを浴びて、部屋に篭る。

(明日の朝、向こうに戻るって言ってたから、今夜だけ会わないように、気をつけて過ごさないと…… )

 眠ってしまえば、離婚について考える事も、蓮斗さんに会う事もない。

 そう思って、早々にベットに横になるが、頭の中を、蓮斗さんとの思い出が駆け巡り、余計に目が覚めてしまう。


 一緒に過ごした時間は、本当に少ない。

 デートした思い出の場所も、結婚式も、指輪も何もない。

 あるのは、私の胸の中にある、蓮斗さんを

「愛してる」

この想いだけ。


「この想いも、私の中から消えてしまったら、本当に何もなくなっちゃうんだ…… 」

 目頭が熱くなり、涙がポロポロッっと溢れて来た。

「ふっ……っ うっ…… ううっ…… 」

 自分から決めて、手放したクセに、泣くのは違う、間違っている…… そうわかっているのに、涙はとめどもなく溢れて来て、重くて、苦しくて、思わず愛しい人の名を呼ぶ。

「…… 蓮斗……さ……ん…… 」

 返事のない、暗い部屋の中、いつも隣にあった彼の温もりを探すが、あるのは冷たく冷えた、シーツの感触だけ。

「うっ…… うっ…… うっ…… わああああぁぁぁぁーーーーーーっ……  」

 蓮斗さんを想う気持ちと、私だけが、この部屋に、取り残された様な感覚に落ち入り、一人、声を上げて、身体中の涙が枯れるまで、泣いた。


(…… この想いも、涙と一緒に、流れ落ちて消えて仕舞えば良いのに…… )






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