片想い婚




 晴れやかな昼下がり、少し人が混雑する街中に、よく知る横顔を見つけた。

 ぼんやりとどこかを見ながら立っている蓮也に向かって駆けていく。近づいたところで、私の足音に蓮夜もこちらを向いた。久々に会う彼は白い歯を出して笑った。

「咲良」

「お待たせー!」

「いや時間ぴったりだから」

 あれから蓮也と連絡を取り、誘いに乗りランチを一緒に取ろうと約束をした。だがそれと同時に、少し付き合ってほしいことがある、と相談を持ちかけたのは私だ。

 蓮也は相変わらず小麦色の肌をしていて、背も高いから結構目立つ。話すと馬鹿だけど、見た目は案外爽やかなスポーツマンだ。
 
 彼は笑いながら鼻を擦る。

「来てくれてよかった、無理かなって思ってたんだ」

「どうして?」

「いやだって咲良既婚者じゃん。あんまり男と二人ってよくないのかなって」

「ああ……大丈夫、ちゃんと蒼一さんに言ってきたから」

「え? いいって?」

「うん、大丈夫だよって」

 私の言葉に、蓮也はどこか複雑そうな顔をしていた。彼が言いたことがなんとなくわかった私だが、言わせないように言葉を続ける。

「そうだ、食事の前にさ、ちょっと買い物付き合ってくれない?」

「ああ、行きたいとこってどこ? 時間あるし全然いいんだけど」

「もうすぐ蒼一さんの誕生日なんだよね。男の人ってプレゼント何がいいか分かんないから、蓮也も一緒に考えて欲しくて」

 私は笑顔で話した。そう、蓮也から連絡をもらって思いついたのだ、男目線を蓮也に教えてもらおうと。まあ蒼一さんと蓮也は全然タイプ違うけど、でもきっと多少の助言はできるはず。

 蓮也はどこか困ったように眉を下げた。私から視線を逸らし、横を向いて小声で言う。

「誕生日なんだ、あの人」

「そう、もう少し」

「咲良もなんかあげなきゃいけねえの? 別にあの人欲しいもんなんでも持ってそうだし、他の女も色々くれそうじゃん」

 どこかつっけんどんに言った彼の言葉に、私はうっと黙り込む。頭では分かっていたけど、いざ他人から言われると辛い。

 蒼一さんは私よりずっと大人だしなんでもできる人だから、確かに欲しいものなんて自分で手に入れてそう。他の人からのプレゼントもたくさんあるかもだし……。

 でも、と自分を奮い立たせる。

「いいの、気持ちの問題なの。私があげたいだけなの。だって結婚してるんだもん」

「……結婚、ねえ」

「ほら、どこのお店がいいとか知らない? 蓮也も一緒に考えてよ!」

 私がお願いすると、彼は仕方ないなとばかりにため息をついた。そして非常にめんどくさそうに歩き出す。

「って言っても、絶対俺とあの人好み違うじゃん」

「それは否定しない。蓮也は今欲しいものなに?」

「野球で使うグローブとか、読みたい漫画全巻とか」

「ぶはっ、ほんと全然参考にならなそう」

 私は蓮也の隣を歩きながら笑う。少しだけ彼の表情も和らいだ。こちらのスピードに合わせて歩いてくれる蓮也の優しさに気づきながら話す。

「色々考えてたんだよね、財布とかさ」

「天海グループの跡取りはいい財布使ってないとダメだろ、予算あんの?」

「ぐう」

「同じ理由で時計とかもな」

「ぐう」

「そう思うと大変だな、そんな旦那様を持つのも」

 確かに、蓮也の言う通りだと思った。もちろん私もちゃんと自分の貯金を持ってきたのだが、それでも蒼一さんから見れば微々たる額なのかも。今蒼一さんってどんな財布や時計使ってたっけ? 下調べしてくればよかった。

「困る〜……」

「とりあえず色々見て、そんな高くなくてもいい実用品とかやればいいんじゃねえの」

「ほう! なるほど!」

「なんで俺こんなことに付き合わされているんだ……」

 呆れたように言う蓮也に笑う。蓮也の隣は気楽でいいな、と思った。蒼一さんはどうしてもいまだに緊張してしまうことが多くある。昔から私を知っている蓮也じゃまるで気を張らなくていいから楽だ。

 二人で適当な雑貨屋などに入ってみる。私は真剣に棚を見つめて唸る。一体何がいいんだろう、蒼一さんに少しでも喜んでもらいたい。
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