社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味⁉︎
***

「今年も社長は見回りの方ですか?」

 帰り支度を始めた女性従業員の田岡美代子(たおかみよこ)に、ふと思い出したように問いかけられて、実篤(さねあつ)はパソコンから目を離して「ああ」と短く答えた。

(田岡さん、今からデートじゃろうか)

 いつもより化粧直しが念入りにされている気がするし、何より服が事務服(制服)から白地に黒の水玉ワンピースに、カーキのアウターを合わせたコーディネートにチェンジされている。

 日頃なら「着替えるの面倒じゃし、このまま帰りますぅ〜」と制服のまま帰ることが多い田岡だが、週末なんかは着替え率が高い。
 今時珍しい黒髪ストレートを、作業しやすいようにポニーテールにしている彼女は、あざとい感じの眼鏡女子だ。

 二十代半ばの独身女性特有の浮足だった雰囲気を感じて、今年31になった実篤(さねあつ)は、そう言うのを割と(この)もしく思っていたりするのだ。

(恋する女の子は華やかでええけぇな)

 その一方で、この会社へ迎え入れて2年になる田岡だが、結婚したらやはり退職しまぁーす、とかなるんじゃろうかとふと考えて溜め息をひとつ。

(それはちょっと寂しいけんなぁ……)

 けれど、まぁその時が来たら笑顔で送り出してやらねば、とも思ってはいるのだ。

 そもそもアットホームを売りに経営しているつもりの小さな不動産屋のこと。
 雇っている従業員には幸せになってもらいたいし、それと同じくらい長く勤めてくれたらええなぁとか期待していたりもする実篤(さねあつ)だった。


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