社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味⁉︎
「もぉ! 実篤(さねあつ)さん、うちの話、聞いちょりますか?」

 クイッと、コートを羽織った腕を引っ張られて、実篤は慌ててくるみに視線を合わせた。

「あー、ごめん。くるみちゃんがあんまり可愛いけん、見惚れちょった。――で、何て()うたん?」

 ぼんやりしていたあまり、思わず本音をポロリとこぼしたら、見る見るうちに真っ赤な顔になったくるみから「いきなりそんとな不意打ち……ずるい」とつぶやかれた。

 それがまた(もだ)えたくなるくらい可愛くて。

「あー、もう我慢出来んっ」

 言うなり、実篤はくるみをギュッと腕の中に抱き締めた。

「ひゃっ! 実篤さっ、ここ外っ」

 園内には美しい梅の花々が、所狭しと咲き乱れている。
 それをお目当てに、結構な数の人々が梅を見に吉香公園(きっこうこうえん)を訪れていた。

 日本三名橋のひとつ、錦帯橋(きんたいきょう)と、山城である岩国城(いわくにじょう)に挟まれる立地条件の吉香公園(きっこうこうえん)には、季節を問わず観光客が訪れる。

 だがやはり園内の花々――桜や梅やツツジ、花菖蒲(はなしょうぶ)など――が見頃を迎えるシーズンは、何もない季節より人出が多い。

 その人たちの視線を気にしてくるみがソワソワと身じろげば、実篤は「悪いけどそんとなん気にしちょる余裕ないわ」とぼそりとつぶやいた。

「きっ、気にしてくださいっ」

 くるみが懸命に実篤の胸元。抱きしめられているためどこかくぐもって聞こえる声で抗議したけれど、実篤はお構いなしな様子でくるみを腕の中に閉じ込めたまま。
 身の内を(たぎ)る激情を持て余したみたいに小さく吐息を落とした。


***


それで(ほいで)……、さっきは何(ちゅ)うたん?」

 実篤(さねあつ)、男としてはそれほど大柄な方じゃない。
 身長は一八〇センチない(一七六センチ)のが自分としては結構不満なところなのだけれど、それでも幸いと言うべきか。
 愛しいくるみが一五二センチと、女性としても小柄な方なので、身長差的には申し分ない体裁(ていさい)を保てている。

 今まで付き合ってきた年上女性たちは、皆こぞって一六五センチを超えた人達ばかりだったので、ヒールのある靴を履かれたりすると、もう少し自分に身長があればと思わされることが多かった。

 だが、くるみに関してはそういう負い目を感じさせられること自体皆無で。


 くるみが前髪をふんわりと立てたポンパドールを好むのは、自分の小ささを意識してのことらしいと知った時、そういう背伸びですら実篤には愛しくてたまらなかった。

 その身長差のお陰でくるみをギュッと抱きしめた時、彼女の頭頂部にあごが載せられてしまうくらいの位置関係になるのが、実篤は嬉しくて仕方がない。

 そんなわけで、くるみを腕の中に抱きしめてからずっと。
 彼女のふわふわの髪の毛から女性らしい甘やかな香りが立ちのぼってくるのを胸一杯に吸い込みながら、(女の子っちゅーんは何でこんなに良い(こんとにええ)匂いがするんじゃろう)とうっとりさせられている実篤だ。



「……えっと、さっきはうち、『デートするん、久しぶりで楽しいですね』って言いました」

 そんな小さくて愛くるしいくるみが、恥ずかしそうに耳まで赤く染めてはにかむから、実篤は彼女を抱きしめる腕に力を入れ過ぎないようセーブするのに非常に苦労している真っ最中。

「何か改めて()うたら凄い(ぶち)照れ臭いんですけどっ。実篤さんがちゃんと聞いてくれちょらんけぇ」

 照れ隠しだろうか。
 ぷぅっと頬を膨らませて実篤を下から睨み上げるくるみが凶悪に小悪魔で。

 結果、「あー、もうっ。何でくるみちゃん、そんなに(そんとに)可愛いんよ! 反則じゃろ」と、くるみにとっては『何でですか⁉︎』という不満を漏らして、ひとりフルフルと身体を震わせる羽目になった。
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