社長さんの溺愛は、可愛いパン屋さんのチョココロネのお味⁉︎
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 市内のあちこちでちらほらと咲き始めた桜が満開を迎えたころ、やっと実篤(さねあつ)の仕事が落ち着いた。

 それでくるみと相談して二人の仕事が定休日となる水曜日に、広島に住む実篤の両親へ婚約の報告を済ませに行ったのだけれど。


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それで(ほいで)二人とも結婚したらどこへ住むつもりなんか?」

 応接間のはずなのに書斎みたいな様相を呈する本だらけの洋間で。
 何気ない感じで父・連史郎(れんしろう)に尋ねられた二人はグッと言葉に詰まったのだ。

 それは、実篤自身ずっと考えていた事でもあったから。

 贅沢な悩みかも知れないけれど、実篤もくるみも両親から引き継ぐ形で一軒家を所有している。

 どちらも旧岩国市内と呼ばれる街の中心部からは少し離れた、いわゆる市町村合併で岩国市に組み込まれた地域で。

 実篤の家がある由宇町(ゆうまち)も、くるみの住まいがある御庄(みしょう)も、かつては玖珂郡(くがぐん)と呼ばれる地域に位置していた。

 今は広島県との県境にある和木町(わきちょう)を残すのみとなった玖珂郡だが、かつては結構広範囲をカバーしていたのだ。

 今はどちらも岩国市由宇町、岩国市御庄と住所表記されるようになったけれど、実篤が不動産屋を営んでいる商店街のある麻里布町(まりふまち)や、そのすぐ近くに位置する市役所庁舎のある今津町(いまづまち)辺りを市の中心部と考えるなら、由宇も御庄も外れにあるイメージ。

「俺はくるみちゃんと住めるんじゃったらどこでもええと思うちょる」

 両親や弟妹(きょうだい)には家を守れなくてすまないという思いは無きにしも(あら)ずだけれど、例え実家を捨てることになったとしてもくるみに寄り添いたいと思っている実篤(さねあつ)だ。

 くるみにはまだ話していなかったけれど、家でパンを焼いている彼女と違って、自分は家でどうこうする仕事ではない。

 ならばくるみの実家に自分が移り住む形が一番スマートなのではないかとずっと思っていた。

 もしくは――。


「なぁ実篤よ。お前、不動産屋の経営者らしく(らしゅう)中心部の方へ良い(ええ)物件見つけて新たに(きょ)を構えようとは思わんのか?」

 連史郎(れんしろう)に言われるまでもなく、実篤だってそれも考えなかったわけではない。

 だが――。

「しても……ええんか?」

 実家を置き去りにして、くるみの家へ住まうことになるかも知れないと言う構想に関してでさえ、実篤は家族に対して跡取り息子としての後ろめたさが(ぬぐ)えないのだ。

 ましてやそれを新たに不動産を取得する形で新居を建ててもいいものだろうか?という思いがずっとあって。
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