君が夢から醒めるまで
13
人の家に泊まるということに決して慣れている訳ではない私は、倒れ込むように布団に入った。客間に用意されていたその布団は柔らかくて、ほんのり甘い香りが漂ってくる。すると、一日中気を張っていたせいか睡魔はすぐに襲ってきた。
意識が朦朧とする中で閉じかけていた瞼を開いたのは、襖を叩く遠慮がちな音を鼓膜が感じとったからだ。
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん」
たった一言でしか返さなかったのは、脳が半分寝ていたことと、告白の返事をされるのではないかという不安からだった。
「あのさ、俺さ」
私の鼓膜を刺激した遠慮がちな音と同じように小さな声で切り出された言葉に私の体は遠慮することなく大袈裟に反応する。ビクッと肩が震え、その震えは足先までピリピリと伝染していった。
「うん」
「チョコのお返し、必ずするから待っててね」
予想とは違うその内容に全身の震えは一斉にその動きを止めて、今度は冷たい何かが血管を通っていく。そしてそれは、先ほどと同じように足先まで伝染していく。
彼は私の頭に右手を優しく添えると「今日はありがとう。ゆっくり休んでね」と言って背中を向けた。
その背中が暗闇に溶けていくのを確認してから「おやすみ」と呟く。その声はきっと彼には届かなかったと思うけど、それでも届いていたらいいなと思った。
その夜、気がつくと私はあの夢の中にいた。
いつものように制服を着た私はブランコに座っている。横から伸びる影からの視線を感じて顔を向けると、匠真が何か言いたそうに不安な表情を作っていた。
久しぶりに見る匠真は、私の目に今までで一番寂しそうに映った。孤独という言葉がよく似合い、まるで雨の日に捨てられた子犬のように震えていた。
名前を呼んで手を伸ばす。あと一センチ、あと一センチで触れられる距離まで手を伸ばすと、匠真は私の腕を掴んだ。
「忘れないで。俺を、忘れないで」
消えてしまいそうなその声は私の元へしっかりと届いた。その言葉に込められた感情が私の心を抉り、締め付ける。
「忘れてなんか……」
本当に?自分に問いかける。忘れては、いない。ただ、ただ——。
「ねぇ、匠真。匠真は飯村君なの?」
そう尋ねると匠真の手が緩んだ。解放された私の腕は力を失くし、重力に任せて振り下ろされた。その腕の指先だけがじんわりと熱を持っているのが分かる。
「俺は——」
目が、覚めた。覚めてしまった。あまりにもリアルな夢が深夜の静けさでよりリアルに感じられる。二人の影がいつか重なるときがくるとしたら、それはいつだろう。そのとき私はそこにいるだろうか。悶々と考える部屋の空気はやけに冷たくて逃げ出したくなる。私は視界が黒から紫へと色を変えてからそっと部屋から出た。