君が夢から醒めるまで
 段々と暗くなってきた外の景色を観覧車の中から二人で眺める。アトラクションの明かりが灯ると、景色は一気に淑やかさを放出した。思わず窓に手をついて身を乗り出すように眺める私の左耳を、シャッター音が刺激する。

「記念に一枚、いただきました」

 そう言って微笑む匠真の姿に心のシャッターが切られる。それと同時に手は自然とポケットの中に入り、スマホを取り出していた。

 ——カシャ。

 控えめに鳴ったシャッター音は小さな箱の中で大きく響いた。画面に映し出されるその写真を保存すると、もう一度シャッター音を響かせる。何度も何度も、響かせた。何枚撮っても足りない。明日には過去になってしまう今日をこの小さな電子機器に納めていく自分が虚しくなる。それでもやめられなかった。

 響きわたるその音は匠真の手によって止められた。その力に抗おうとする私の手を力づくで止めた匠真の悲しそうな顔がぼやけた状態で画面に映し出される。スマホを下ろすとその顔は鮮明に私の瞳に映った。

「——ねぇ、なんで泣いてるの?」

 匠真はそう言って私の顔を見た。そうか、私、泣いてるのか。そっと頬に手をあてると、指先がじわっと湿っていく。

「浅倉さんは今、誰を想って泣いてる?」

 悲しみで覆われた声が私の元へ届く。

「——飯村君だよ」

 私の答えに彼は小さく笑う。その寂しそうな笑顔を見ると、どうしようもない苦しさが私を襲った。

「俺、前に言ったよね?浅倉さんといると素直になれるって。だから、今度は君の番」

 そう言って匠真は大きく息を吸いながら上を向いた。一度息を止め、そして下を向いてそれを吐き出す。
 そして私の目を真っ直ぐに見て何かを堪えるように口を動かした。

「君が見てるのは本当に俺?君はさ……君は俺の中に誰を見てるの?」


 ねぇ、匠真。私が見ているのはいつだって匠真で、今までもこれからも変わらない。でも匠真は私の知っている匠真になっちゃいけないの。だからね、だから……。

「——私が見てるのは、飯村君じゃない」

 滲んでくる視界で匠真の顔がぼやけていく。瞬きをすればそれが鮮明になりそうで私はその目を閉じることができなかった。
 すると、小さなか弱い声が私の耳に微かに届いた。今にも消えてしまいそうなその声は私のよく知る匠真の声だ。

「——そっか」

「傍にいるって言ったのに、ごめん。私は……」

「いいよ。それが浅倉さんの選んだ答えなら、俺はそれでいい。それがいい」

 私の言葉をかき消すように匠真が言った。それはまるで文さんとの約束を知っているかのように思えたけれど、その寂しそうな表情に嘘はなかった。

 観覧車から降りてすぐに宮部君たちと合流したが、私たちの様子を見て宮部君が解散を提案した。友梨ちゃんだけが少し物足りなさそうな表情を作り、私たちはそれをすぐに了承した。
< 73 / 93 >

この作品をシェア

pagetop