恋と旧懐~兎な彼と1人の女の子~
抱き締めたいとか思うなんて,どうかしてる。

俺は足を止められないまま,唇を噛んだ。

さすっ……と,マフラーを掠める。

何で俺だけ名字呼びなの?

なんで,一回呼んで止めたの?

言おうとして,やめた。

そんなのまるで,俺が名前で呼んで欲しいみたいだから。

そんなはずは,きっとないはずだから。

今まで勝手に名前で呼ばれていようが,義務的に名字で呼ばれようがどうでもよかったのに。

気になったのは,イルミネーションの光に,惑わされたから。

なんか,俺,変。

変と気付いてしまえば,もう後戻りは出来なくて。

そういえばずっと,愛深にあってからずっと変だ。

どうしても振り返ることをやめられない。

今までずっと,気付かずに来たくせに。

第一に,愛深を近くに置いてもいいと思ったのも変。

誘われたからと,それもこんな日にのこのこついてきてるのも変。

弘と違ってクレーンゲームなんてやったことないと,代わりにウサギを渡すなんて気を回すのも変。

変変ずくしだ。

無視し続けてきたけど,この1年ずっと変だ。

意味,わかんない。

全部が矛盾しているように思えて,たった1つを隠しているように思えて。

俺は気づきたくないことに気づきそうになった俺は,頭ん中全てを消し飛ばした。

早く,帰ろ。

そうして時々走りながら帰宅しても,眠れない。

閉じても開いても,まるで映画のように真新しい映像の数々が浮かび上がる。

愛深の楽しそうに笑った顔や,キラキラと俺を見つめる姿が頭にちらつく。

仕舞いには何の根拠もないのに,今頃愛深は俺があげたちっちゃいのを握りしめて寝ているような気がした。

なんか,心臓の辺りが疼く。

……はぁ,寝れないんだけど。

暗く感じない暗闇で,俺はごろんと寝返りを打った。
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