一夜限りのはずだったのに実は愛されてました
実家に帰ると和室には成人式で着た着物がかけてあった。

「紗夜、明日は8時に予約してるからね」

母に言われ頷く。
母は昔から父のいうがままだ。
なので東京の大学に行きたいと言った私を応援してくれるなんて思わなかった。

でも今回のことに関して母は関与してくれないのだろうと掛けられた着物を見て思った。
おばあちゃんに作ってもらったこの着物を着て成人式に行ったときは、こんなことに使うことになるなんて思いもしなかった。
成人式、卒業式と楽しい思い出しかなかったのに、これを着てお見合いに行くことになるとは、と悲しくなった。

父と兄が帰宅すると明日の話になり、くれぐれも粗相のないように、と注意される。
兄の申し訳なさそうな顔を見ていると、私がこの話に不服を申し立てて波風を立てることがどんなことになるのかと考えさせられた。
父とは違い気持ちの優しい兄を困らせたくなかった。

夜、部屋にいるとノックされ兄が入ってきた。

「紗夜、お前いいのか?うちの店だけのためにお前を犠牲にしたくない。25歳のお前に子持ちのところに嫁に行けだなんて鬼畜だろ。父さんにもう一度話してみたほうがいいんじゃないか?」

「お兄ちゃん、そんなことしたらお父さん怒るよ。それにお店だって困るでしょ?私は覚悟を決めてきたから……。東京の大学に行って、仕事もして自由な時間をもらったから大丈夫。お兄ちゃんよりきっと自由な時間をもらえたよ。だからその恩返ししないといけないんだよね」

「恩返しなんていらないよ。父さんの言いなりにならなくていい。紗夜を犠牲にして生き残る家業はいつかはダメになる。俺も色々頑張ってるけど、それでダメならダメってことだ。それは俺の力不足だから気にしなくていいんだ」
 
「お兄ちゃん……」

私はお兄ちゃんの気持ちを聞いて目頭が熱くなった。
お父さんに強いられた結婚だけど、お兄ちゃんの気持ちが嬉しかった。
本当はお兄ちゃんだってお父さんに逆らえないはずなのに、こうしてわざわざ夜話しにきてくれただけで温かい気持ちになった。

「お兄ちゃん、明日私お見合いしてみるよ。どうしても嫌だったらその時には逃げ出すからよろしくね」

努めて明るくいうと、お兄ちゃんは困ったような表情で笑っていた。

「全力で助けるからな」
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