人助けをしたら人気俳優との同居が始まりました

6

 電車通勤の彩を改札口まで見送って、太郎に電話をかける。

「太郎くん、今から帰るね。歩きたい気分だから、お迎えはいいよ」
『俺、今TREEにいるんだ。そっちまで行くから駅前のコンビニで待ってて。一緒に帰ろう』

 止める間もなく切られた電話に苦笑して言われたとおりコンビニで待っていると、5分もせずに太郎はやってきた。
 その恰好を見て、叶恵は思わず笑いそうになった。
 キャップに黒ぶちメガネはいつもと変わらないが、服装は何度も洗濯して色あせたTシャツに、家にいるときにいつもはいているステテコ風の短パン、足元は百均に売っていそうな安物っぽいビーチサンダル。
 見事に有名人に見えない。

「お帰り。あ、アイス買ってくるからもうちょっと待ってて」

 コンビニにスタスタと入って買い物をする太郎のことを、誰も見向きもしない。

「お待たせ。ソーダ味とコーラ味、どっちがいい? って、何笑ってるの?」
「今日のその恰好、いつも以上に有名人には見えないなって思って」
「でしょ。まあ俺が絹江さんと買い物に行くときはいつもこうだけどね。で、どっち?」
「じゃあソーダ」

 ご丁寧に袋から出して差し出されたそれをお礼とともに受け取り、2人並んでアイスを食べながら商店街を歩く。

「平日に飲みに行くなんて珍しいね。しかも昨日当直だったのに。きつくない?」
「昨日は平和な夜だったから。それに送り迎えのことを友達に追究されて、その弁明」
「彼氏がいるって噂になってた?」
「うん」
「俺の目論見どおりだね。これで悪い虫は寄ってこないでしょ」

 いつものいたずらっ子の表情でニヤリと笑う。
 頑なに送り迎えをしてくれていたのはそういうことだったのかと、今さら納得する。
 自分を好きだからそこまでしてくれていたのかと思うと、今日はそれが素直に嬉しく感じられた。
 その気持ちをどうにか伝えたくて、叶恵が手を伸ばして太郎の手を握ると、ハッと太郎が叶恵を見た。

「どうしたの⁉ 叶恵さんから手をつないでくるなんて、初めてじゃない?」
「そうだね。ありがとうって思ったら、なんとなく手が伸びてた」
「アイスくらいいつでもおごるよ。それとも迎えに来たことなら、さっき言ったように虫除けだから気にしないで」
「そうじゃなくて。いや、それもあるんだけど。えっと。あのね。一番言いたいのは、私の気持ちの整理がつくまで待っててくれてありがとうってこと」
「……そういう言い方されたら、俺、本気で期待するよ。いいの?」

 立ち止まって真剣な瞳で太郎に見つめられた、その瞬間に思った。
 太郎にもっと自分のことを見ていてもらいたいと。
 太郎の瞳に映るのが永遠に自分だけであればいいと。
 そのとき、無粋な自転車がチリンチリンとベルを鳴らして、商店街の真ん中で立ち止まっていた叶恵たちのそばを通り過ぎる。
 表情を緩めた太郎が、つないだままだった叶恵の手を引いた。

「とりあえず帰ろうか」
「うん。……歩きながらでいいから、話、聞いてくれる?」

 今言っておかないと想いを伝える勇気がなくなる気がしてそう言うと、太郎は少し強く手を握って頷いた。

「私ずっと、心のどこかで太郎くんの気持ちを信じられずにいた。太郎くんは私とは住む世界が違う人で、そんな人が私なんかを本気で好きになってくれるわけないって、そう考えてた。ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。叶恵さんが信じられない気持ち、分からないわけじゃないし。でも過去形ってことは、今は違うんだよね?」
「うん。今日友達にいろいろ話しながら、住む世界が違うってどういうことって聞かれたとき、私何も答えられなかった。当然よね。だって同じ世界に住んでるんだもん。友達にそのことを気づかされて、太郎くんに好きって言われた自分に自信を持つべきだって言われて、初めて分かったの。私が太郎くんの気持ちを信じきれなかったのは、自分に自信がなかったからだって」
「今もまだ、自分に自信がない?」
「うまく言えないけど、太郎くんの気持ちを信じたいから、自分のことも信じようと思ってる。その子に、大切なのは私が太郎くんをどう想ってるかだって言われて、心の整理がやっとついたの」

 叶恵は足を止めて、太郎を立ち止まらせる。
 大切なことだから、きちんと太郎の瞳を見て言いたかった。

「私、太郎くんのことが好きよ。4人でご飯食べてるとすごく楽しいし、2人きりになるとドキドキするけど嬉しくなる。キスされたのだって、ビックリはしたけど全然いやじゃなかった。答えはとっくに出ていたのに、私が余計なことを考えすぎたせいで、自分で気づくのが遅くなった。だから、待っててくれてありがとう」
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