人助けをしたら人気俳優との同居が始まりました

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 今度こそ、その言葉の衝撃にグラスを落とした。
 グラスを拾うことも忘れ、ただただ呆然となる。

「叶恵さん、聞いてる? 俺、今、一世一代の告白したんだけど……」
「聞いてますけど。あの、これ、ドッキリか何かですか」
「んー、そうきたか」

 蓮は苦笑しながら、叶恵が落としたグラスを拾う。

「残念ながらドッキリじゃないよ。俺、長期休暇もらったって言ったでしょ。今は俳優の山内蓮としてじゃなく、1人の男としてここにいて、叶恵さんに告白してるの」
「でも、だって、私のこと、知らないですよね?」
「だから、叶恵さんのことをよく知って、俺のことをよく知ってもらうための同居なの。ちなみに國吉さんと絹江さんも、このこと知ってるから」
「え?」
「昼間、正直に全部話したんだ。2年前に叶恵さんに一目惚れして、ずっと忘れられなかった。これを機に、できれば付き合いたいと思ってるって。そしたら國吉さんが、そこまで言うなら口説いてみなさい。ただ叶恵は忙しいから、そうそう会うヒマはないぞって。それを聞いた絹江さんが、お休みならうちに泊まったらいいじゃない、そしたら毎日会えるわよ、って」

 開いた口が塞がらないとは、きっとこういうことを言うのだ。
 自分たちが元気なうちに、と2人が考えているのは気づいていた。
 でも、それでも、蓮に協力的すぎるのではないだろうか。

「國吉さんと絹江さんには、本当に感謝してるんだ。目が覚めたところで追い出されてもおかしくなかったのに、俺の話をきちんと聞いてくれて、協力までしてくれてさ。2人の許可はもらったから、あとは叶恵さんが俺を好きになってくれるように頑張るよ」
「いや、あの。頑張るって言われても困るっていうか……」
「叶恵さんは、俺のこと嫌い? やっぱり俺がここで暮らすことに反対?」

 そんな、捨てられた仔犬のような瞳で見つめるのはやめてほしい。
 そもそも嫌いといえるほど蓮のことを知らないし、親代わりの國吉と絹江が提案したことに反対できるはずもない。
 黙って首を横に振ると、蓮は心底安心したようにホッと一息ついた。

「ねえ、叶恵さん。明日お休みって言ってたよね。何か予定あるの?」
「ありませんけど」
「だったら、このあたりを案内してくれない? スーパーとかコンビニとか百均とか、普段行くところに連れて行ってよ」

 蓮は平然と、今日何回目か分からない驚きをもたらすことを言ってくる。
 この人は、自分が人気俳優という自覚があるのだろうか。

「絶対ムリです。近所が大騒ぎになります」
「大丈夫だよ。バレないような恰好するし。だから、ね、お願い」
「……分かりました」
「じゃ、俺は明日に備えてそろそろ寝るよ。楽しみにしてるね」

 ビールを飲み干してグラスを片付けて出て行こうとした蓮が、あ、と声を上げてこちらに戻ってくる。

「どうかしましたか」
「叶恵さん、改めてこれからよろしくお願いします」

 差し出された手をおずおずと握った瞬間、手を引っ張られて強制的に立たされて、そのまま蓮の胸に抱きとめられた。

「好きだよ、叶恵。じゃあおやすみ」

 叶恵の耳元で極上の声でそう囁くと、蓮はそっと腕を解いてリビングを出て行った。

「っ……」

 生まれて初めての「腰砕け」を経験した叶恵は、勢いのままソファに横になる。
 これからしばらく、平常心では生活していけない気がする。
 高鳴ってやまない鼓動が、今までの日常が崩れていく音に聞こえた……。
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