人助けをしたら人気俳優との同居が始まりました
20年ぶりの再会

1

 目が覚めると、見慣れない天井が目に飛び込んできた。
 自分がどこにいるか分からず、体を起こして周囲を見回す。
 と、懐かしい匂いがして、胸がいっぱいになった。
 自分がよく知っている場所だったことに安堵すると同時に、昨夜のことを思い出す。
 まさか、飲みすぎてたどり着いた先がここだったなんて……。
 蓮は覚悟を決めて部屋を出て、迷うことなくリビングのドアを開ける。

「おはようございます」
「おはようというより、こんにちはだな」

 國吉に笑われて時計を見ると、すでに昼の1時を回っていた。

「あの。昨夜はとんでもないご迷惑をおかけしたみたいで、本当にすみませんでした」

 頭を下げて立ち尽くしていると、肩にそっと手が置かれる。
 ハッと顔を上げると、絹江の温かな眼差しとぶつかった。

「そんなに気にしないで。それよりもお腹空いたでしょう? たいしたものはないけど、よかったらどう?」
「でも……」
「遠慮することはないぞ。人気俳優の山内蓮くん、いや、内山太郎(うちやまたろう)くん」
「‼」

 本名を呼ばれ、驚くと同時に嬉しさが込み上げてくる。
 20年ぶりに会うのに、覚えていてくれてたなんて……。

「どうして分かったんですか」
「まあまあ、とりあえず落ち着いて座りなさい」

 食卓に着いた蓮の前に、ご飯とアジの開き、ワカメのみそ汁、大根おろしにほうれん草のおひたしが並べられる。
 20年の年月を感じさせない2人の優しさに、懐かしさが溢れ出す。
 あの頃は毎日のように、この家で昼食や夕食をごちそうになっていた。

「さあ、どうぞ。召し上がれ」
「いただきます。……すごくおいしい。カナばあのみそ汁だ」
「太郎くんにカナばあなんて呼ばれたの、何年ぶりかしらね」
「20年ぶりです。10歳でアメリカに引っ越して、それ以来ですから」

 実は蓮は、生まれてから10歳まで高崎家の隣に住んでいた。
 叶恵が高崎家で暮らし始めたのは、蓮が5歳、叶恵が4歳のときだった。
 叶恵の両親が交通事故で亡くなり、祖父母である國吉と絹江が引き取ったのだ。
 蓮はしばらく食事に集中し、すべて平らげてごちそうさまでしたと手を合わせる。
 すかさず出てきた熱いお茶を一口飲んで落ち着くと、待ち構えていたように國吉が切り出してきた。

幸志郎(こうしろう)くんは元気にしてるかい? たしか4、5年前だったかな。用事があって日本に帰ってきたと言って、ついでにとわざわざ線香をあげに寄ってくれたんだ」
「父から聞きました。久しぶりにお2人に会えて嬉しかったって」

 高崎家と内山家の付き合いは、かなり長くて濃い。
 叶恵の父の雄介(ゆうすけ)と蓮の父の幸志郎は同い年の幼馴染みなので、國吉も絹江も幸志郎のことは息子同然に、そして蓮のことは孫同然に思っていた。
 また蓮も、幼少期は同居していた祖父母が祖父の定年と同時に祖父の郷里に引っ越したので、いつも隣にいる國吉と絹江のことを実の祖父母のように慕っていた。
 両親が共働きで、毎日のように叶恵と一緒に面倒を見てもらっていたのでなおさらだ。

「それにしても、よく俺のことが分かりましたね」
「そりゃあ分かりますよ。あなたは孫も同然なんだから。それに、幸志郎くんの若い頃にそっくりだもの。初めてハリウッド映画であなたを見たときには、心臓が飛び出るかと思ったわ」
「今まで不義理をしていて、本当に申し訳ありませんでした」

 気にかかってはいたけれど、その思いを実行に移すにはかなりのエネルギーが要る。
 連絡しよう、会いに行こう。
 そんなことを繰り返し考えながらも、日々の生活に忙殺され、そのうち今さら会いに行っても、と自分に言い訳を始めるのだ。
 そうなると、ますます実行に移すことができなくなる。
 それでもどうにか実行に移そうと、昨夜は飲んで勢いをつけようとしたのだが、見事な失敗だった。
 いや、ある意味成功なのかもしれない。
 勢いをつけると同時に、気づけば高崎家にいたのだから。

「謝ることなどないよ。太郎くんをあれだけテレビや映画で見ていたということは、それだけ忙しかったということだろう。きちんと休んでるのかい?」
「3年前から日本で仕事を始めたんですけど、1日とか半日の休みはたまにあっても、連休はまったくなくて……。それで1年くらい前から交渉して、昨日からやっと3ヶ月の休みをもらうことができたんです」

 そもそも蓮は、15歳のときに幸志郎の友人のドラマプロデューサーに話を持ちかけられて、アメリカでドラマデビューしたのだ。
 それから映画にも出演するようになり、22歳で有名な国際映画祭の助演男優賞にノミネートされ、気づいたときには自分でも驚くほどの有名人になっていた。

「太郎くん、働きすぎよ。アメリカにいたときの方がお休みが取れたんじゃないの?」
「たしかにそうですね。でもまあ自分が好きでやってることですから」
「そもそも、どうして日本で働こうと思ったんだ?」
「……本当は、日本に帰ってくるつもりはなかったんです。でも4年前に父からお2人に会った話を聞いて、無性に懐かしくなってしまって……。日本で働かないかって誘いもあったから、いい機会だと思って帰ってきたんです」
「懐かしくなっただけが理由かい?」

 意味深に笑われ、やっぱり國吉には敵わないと蓮は苦笑いする。
 ただ、蓮は知っている。
 國吉が常に正直者の味方をしてくれることを。

「実は当時付き合ってた彼女と親友が結婚することになって、そんなときに父からカナの話を聞いて、カナに会いたくなったんです」
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