極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
 正直、絵画に関して印象派はあまり好みではない。けれど、これも仕事だと思えば相手に合わせるのは当然だ。

 そして、なにかの巡り合わせなのか残暑厳しい九月、美術館を訪れた際に未亜を見つけた。

 予想とは違い、彼女はじっくりと絵を眺めていた。一つひとつの作品に向き合い、その世界を楽しんでいる。写真でしか見たことがない彼女は想像以上に綺麗だった。

 いざ本人を前にするとなんて声をかけるべきなのか迷う。正直、自分から女性に声をかけた経験はほとんどない。いつも向こうから近づいてくるのが当然だった。

 しばらくして、ある絵画の前で動かない未亜にゆっくりと近づく。絵に向ける優しい眼差し、その目をこちらにも向けてほしくなる。

「その絵が好き?」

 あれこれ悩んだわりに、気づけばごく自然に未亜に話しかけていた。未亜にとっては完全な不意打ちだったらしい。大きな目をまん丸くさせこちらを見た。

「あまりにも長い間、釘付けになっているから、つい」

「ご、ごめんなさい。ご覧になりますか?」

 未亜は自分が邪魔になっていると思ったらしく、慌ててそこから一歩下がろうとした。その際、勢い余ってバランスを崩しそうになる彼女の腕をとっさに掴んで支える。

「す、すみません」

「いや、こちらこそ熱心に観ているのを邪魔したな」

 続けて、未亜の口から母親が亡くなったことや、その母親が好きだった絵だという説明があった。それを聞いてなんだか自分が悪いことをした気になる。
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