極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
「私……衛士と結婚するよ」

 唇が離れ、小さく呟く。満面の笑顔とは言えないけれど、なんとか笑った。

 衛士は一瞬切なそうな顔をした後、私を力強く抱きしめた。

「未亜も茉奈も俺が守る。結婚してよかったって必ず思わせるから」

「……ありがとう」

 思いきっておずおずと彼の背中に自分の腕を回してみる。覚悟を決めないと。

「私も、頑張るね」

 恋や愛だけで動いていたあのときとは違う。母親なんだから、自分の気持ちだけではなくて周りのことを考えないと。

 結婚するからには衛士にも歩み寄って、彼のいい妻にもならなければ。

「未亜はもう十分すぎるくらい頑張っている。結婚するんだから、これからはもっと俺に甘えて頼ってほしいんだ」

 自分を必死で鼓舞していたのに、衛士の言葉でなんだか泣き出しそうになった。気づかれたくなくて衛士の胸に顔をうずめ、さらに密着する。

 昔からこうやって衛士はさりげなく私の心を軽くしてくれる。

 どうしよう。あの頃の彼に対する想いが溢れかえりそう。

 でも、それはあくまでも当時の気持ちだ。結婚したとしても、きっと昔みたいな関係には戻れない。

 家柄や背景などなにも知らずに、私を見て愛してくれていると思っていた衛士も、純粋に彼を信じて大好きだった私も、もういないんだ。

 これは恋愛結婚じゃない。

 とっくにお湯は沸いている。買ってきてもらった紅茶を淹れないと。茉奈だって起きるかもしれない。

 そう思う一方で、もう少しだけ彼の温もりに包まれていたかった。
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