極秘出産でしたが、宿敵御曹司は愛したがりの溺甘旦那様でした
「んっ……んん」

 代わりに漏れるのは甘ったるい声だけだ。無意識に衛士のシャツをギュッと掴むと腰に回されていた腕に力が込められ、体を捻るようにして体勢を変えるのを促される。

 背後からだったのが、いつの間にかソファに両足を乗り上げ衛士に横抱きされる形になっていた。抱きしめる力が強くなり、ますます逃げられない。

 離れようとしてとすぐさま唇を重ねられ、彼の口づけに翻弄されていく。

 こんなキスだって初めてじゃない。でも――。

 意を決し、精いっぱいの力を込めて彼の肩を押す。さすがに驚いたのか衛士の動きが止まった。

「えい、し。待っ……て」

 切れ切れに訴えていたら、ばちりと音がしそうなほど近くで視線が交わる。とっさにうつむき、私は必死で乱れる呼吸と脈拍を整えようとした。

 すると衛士にきつく抱きしめられ、彼の顔は見えないまま密着する。

「未亜」

 彼の手は私の頭をそっと撫でていく。大きい手のひらは温かい。

「未亜は聞きたくないかもしれないが、ちゃんと話したいんだ。別れたときのことを」

 続けて紡がれた言葉に私は固まった。

「俺は」

 そこで私は顔を勢いよく上げる。彼に反応したわけじゃない。衛士もまた私ではなく違う方向に注意を向けていた。カーテンで仕切られた隣の寝室だ。

 小さな声で「ま、まー」と聞こえる。茉奈が寝惚けているのか、起きたのか。

 慌てて衛士から離れ、寝室に向かう。明かりの落とされた寝室では、茉奈が小さく身じろぎしていた。
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