きみの瞳に映る空が、永遠に輝きますように
 
 私は今でこそ父に心を開いているが、一時期、心底父を恨んでいた時期があった。


 父は、私が10歳の頃、仕事の都合で単身海外へ行った。

 私がまだ幼かったから、家族を連れて海外へ行くというのには無理があっただろうし、その面では仕方のないことだろうと思う。


 とはいえ、まだ私には家族の温かさの中で育つべき年頃だった。

 一応、月に一度、都合の合う日に連絡を取って、僅かな家族3人の時間を堪能していた。

 忙しい父だったから、僅かな家族の時間だったが、それでも自然と受け入れられた。

 それに、一番つらい思いをしているのは父だということも当時は私なりに理解していたから、我慢をすることが出来た。

 我ながら物分かりのいい娘だったと思う。

 それに、離婚をしていたわけではないから、私が居ないところでは両親は頻繁にメールなどで連絡を取っていただろうし、その点では心配はなかった。


 そこまではまだよかった。

 だが、いつからか連絡を取ることは無くなった。

 都合が悪かったのか、離婚の手前だったのか、それは私には分からない。


 そんな中、母は突然病に侵された。


 母は父に体調不良を知らせなかったために、父は母の病気を知らなかった。

 それ故、父が連絡をくれることも帰国することも無かった。


 私も母には父と連絡を取るように何度も言ったが、母は、私が何とかする、の一点張りで、最後の最後まで父には体調が優れずにいることを話さずにいた。
 

 これも母なりの優しさだったのだろう。

 父に伝えるとすぐに帰国するだろうし、そうなれば仕事や収入に影響する。

 だからこそ、伝えないという選択をし、少しでも家族にお金が入るようにしたかったのだと思う。


 母の選択は父にとっても酷なものだった。

 きっともう長くはないと母自身も悟っていたはずだ。

 そのうえでその選択をせざるを得ない状況に置いてしまったことには今でも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。



 しかし、いよいよ、というところで母の両親が母に無許可で父と連絡を取った。

 だが、母は父に会うことなく、また、夢見病だと診断される前にこの世を去った。


 最後は予期なく訪れた。

< 13 / 91 >

この作品をシェア

pagetop