きみの瞳に映る空が、永遠に輝きますように

 「あれで良かったのかな」

 星絆が帰った後、透真くんと二人きりになってから、私は星絆に告げたことを後悔していた。

 星絆に話したことで私が楽になったことは確かだったが、同時に星絆を傷つけてしまったことが気がかりだった。

 「俺は良いと思うけどな。今はつらいかもしれないけど星絆からすれば隠され続けたほうがもっとつらいと思うから」

 「そっか」

 そう言われて少しほっとした。

 自分の言動に後悔したいわけではないし、今考えても無駄なことと分かっていてもどうしても脳裏に焼き付いた星絆の不安そうな顔が気になって仕方がなかった。

 「そういえば、さっき姉ちゃんに会ったんだ。蒼来が姉ちゃんの背中を押してくれたんだな。ありがとう」

 「いえいえ。でも、本当によかった」

 「それで気が付いたんだ。俺、蒼来に助言しながら自分のことからは逃げていて、ダサいなって思って」

 「透真くんはダサくなんてない。いつも冷静で居られる人なんて居るはずがないよ」

 「そうかな?」

 「それに、私も透真くんに出会ってなかったら今ここにいないだろうから、透真くんには感謝の気持ちでいっぱいだよ」

 「それは俺もだよ。姉ちゃんと仲直りできたのは全部蒼来のおかげだ。本当にありがとう」

 私はまた感謝された。

 
 ありがとう。

 その言葉を聞く度、私はまだ生きていいんだ、生きる意味があるんだ、と思える。

 だから、心から幸せを感じて、思わず笑顔が零れた。

 「出会ってくれてありがとう」

 「何だよ、改まって。恥ずかしいだろう?」

 あからさまに照れている透真くんに、もう一度同じ言葉を繰り返す。

 弄ろうという気持ちと、その表情をずっと見ていたいという気持ちがそうさせた。

 「凄く顔が赤いけど」

 「そうか?」

 彼は、信じられない、といった表情をして、顔に手を当てている。

 それをしても赤いかどうかなんて分からないと思うけど、と心の中でツッコミを入れた。
 
 彼のそういう少し天然なところに放って置けない愛らしさがある。

 「大丈夫か?」

 そこに仕事を定時で抜けて駆け付けてきたであろう父が入り口の扉から大声で叫んで寄ってくる。

 4人部屋だったから、他の患者さんの視線が父に向いた。

 私は申し訳なくて、カーテンを開けて父の代わりに申し訳なさそうに頭を下げた。

 救急搬送されたわけでも体調が急変したわけでもないのに、この調子の父には、大袈裟だよ、と思ってしまう。

 「大丈夫だよ、不思議と凄く調子が良いの。空だって飛べそうだよ」

 空気を明るくしたくて言った冗談に三人で顔を見合わせて笑った。

 このクオリティで笑ってくれるならいくらでもするよ、と内心調子に乗ってみた。

 「じゃあ俺はここで」
 
 「ごめんね、今日はありがとう」

 「あぁ。じゃあゆっくり休めよ」

 うん、と頷くと、それを受け取った透真くんは父に頭を下げて病室を後にした。

 「急に押しかけてごめんね」

 「気にしないでよ。私こそ迷惑をかけてごめんね」

 「ううん、蒼来が気にすることではないよ」

 「分かった。でも、もう大丈夫だから安心して。こんなに元気なら明日にはきっと退院出来るよ」

 私がそう言うと、父は私の目をしっかりと見つめて、真剣な顔つきになった。

 「どうしたの?私が何かおかしなことでも言った?」

 そう言って無理に笑って見せても父の表情は全く変わらない。

 いつもなら笑って同じテンションで返してくれるのに、今日の父は明らかに様子がおかしい。

 私もさすがに怖くなって、真剣な表情で父と向き合った。

 「ねぇ、言ってよ」

 すると、父は鞄を下ろしてその上に上着を置き、パイプ椅子に座った。

 「さっき先生と話してきたんだ。治験は効果がなかったみたい。これからは日常生活で急に意識を失うかもしれないし、眠る時間は日に日に長くなるかもしれないって」

 「ねぇ、それって私に日常生活は厳しいってことだよね。治療法ももうないってことだよね?」

 「遠回しに言えばそういうことになる。でも、俺がどうにかするから」

 「もういいの。なんとなくそんな気はしていたから」

 私がそう言うと父は再び黙り込んだ。

 私のためにこれまで全力を尽くしてくれた父には頭が上がらないが、もう私は頑張ることを止めたい。

 それに、意味のない治療で、これ以上父に迷惑をかけたくない。

 心の中では少しでも長く、この灯を燃やしたいと思う反面、この言葉は父のためにも言ってはいけないような気がした。


 「私ってもう家に帰れるのかな」

 することのない病院に入院をしたところで意味がない。

 そう思った私は退院を志願した。

 もう少し体調が悪化してくれば呼吸が苦しくなるだろうし、それ以外の面でも医療が必要になってくるだろう。

 そうなれば退院は免れない。

 だからこそ、この決断に迷いはなかった。

 「あぁ」

 「じゃあ帰りたいな」

 「分かった。先生に伝えてくるよ」

 父もこの場所にいるのがつらくなったのか、すぐに病室を出た。

 私が夢見病を患ってから、父は変わった。

 これは、私が父を変えた、ということでもある。
 
 きっと、何気ない私のわがままが父を苦しめた。

 だから、これが最後のわがままだ。

 最後くらい、父と笑って過ごしたい。

 このまま病院に居たところでできる治療は無い。
 
 だから、すぐに退院することを決めた。

 「これからも悩み事があったらいつでも来るんだよ」

 担当医の先生はそう言って私を励ました。


 私と父は頭を下げて車に乗り込んだ。

 この決断が正しかったかはまだ分からない。
 
 だけど、この決断が正しかったことをこれから私が証明する。

 そう力強く決意した時、車は自宅に向かって走り出した。

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