溺愛もふもふ甘恋同居〜記憶喪失な彼のナイショゴト〜
 デビューして以来、こんなことはなかったのだから一度ぐらい大目に見てくれてもいいのに、どうやら出版社側の判断は信武(しのぶ)とは真逆。
 〝原稿を落とさない作家〟と言う実績(イメージ)をどうしても守らせたかったらしい。

 だが、タイミングが悪すぎて信武としては納得がいかなかったのだから仕方がない。



「先生って言うのはね、私ら編集に迷惑をかけない有難ぁーい存在に対してのみ使われる呼称なの! 分かる?」

「嘘つけ」

 信武は締切り破り常習犯の作家仲間が、ご丁寧に○○先生と(時には猫撫で声で)編集者から呼ばれているのを知っている。

 なのに自分はこの担当から締め切りを守ろうが守るまいが先生だなんて呼ばれたこと、それこそ【公の場以外ではただの一度もない】のだ。

 そもそもこんな風に作家の自宅へ自由に出入り出来る――要するに合鍵を持っている――不届きな編集者がそんなに居てたまるか!というのが信武の言い分だ。

 まぁそれもそのはず。

 目の前の女・土屋(つちや)茉莉奈(まりな)は、父・立神(たつがみ)信真(のぶざね)実姉(じっし)・土屋沙耶香(さやか)の一人娘。信武にとっては従姉(いとこ)に当たる、いわゆる【身内】なのだから。

 六つ年上の茉莉奈は、幼い頃から頭脳明晰(めいせき)容姿端麗(たんれい)で、何かと面倒見の良い姉御肌(あねごはだ)

 実際信武は高校受験や大学受験の折、家庭教師として彼女に勉強を教えてもらったことがある。

 茉莉奈は大学を卒業すると同時に信武の父親が社長を務める大手出版社『玄武(げんぶ)書院』で編集者として働き始めていたから、信武が大学受験の時にはすでに社会人。
 それなのに、時間をやりくりして信武の勉強を見てくれた、いわゆる恩人なのだ。

 子供心にそんな茉莉奈のことを〝異性として〟意識していた時期もある信武だけれど、まぁいま思えばあんなの、一過性の流行病(はやりやまい)みたいなもの。
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