それでも私は、あなたがいる未来を、描きたかった。

距離感

「翼、おはよう」

翌朝、いつもより少し早めに登校すると、靴箱で靴を履き替えている翼を見つけた。

「あれ? 沙帆? 早いな」

いつも通り優しく微笑んでくれる翼にホッとする。


「うん、早く目が覚めたから」

「そっか」

昨晩はなんだかぐっすりと眠れて、珍しくアラームが鳴る前に起きることが出来た。
――いつもは絶対に、2度寝もするのに。

家でゆっくりする気分でもなかった私は、身支度を整えると、朝ごはんも食べずに早々に登校をしたのだった。


「自習室、行く?」

私が上履きへ履き替えるのを待っていてくれた翼に問いかける。

「うーん、どうしようかな。沙帆は?」

「私は教室かな。まだ朝ご飯、食べてないの」

近くのコンビニで買ったパンと紅茶が入ったビニール袋を見せる。

「そっか、それなら俺も、沙帆の教室に行こうかな。隣の席で自習しても良い?」

「もちろん。あ、隣、いつも来るのギリギリだから、集中して勉強できると思うよ」

私の言葉に、翼が朗らかに笑う。

そんな彼を見てー少しずつ、“今まで通り”に戻っている私たちの関係にー胸をなでおろした。

「そういえば、昨日四者面談だったんだろ。どうだった?」

「あー、うん、予想通りー…」

“最悪だった”と続けようとしたところで、ふと先生の顔を思い出す。

そういえば先生、昨日、お母さんからも中野先生からも、庇ってくれたな……。
きっと、副担任で新人だから、言いにくかったはずなのに……。

「中野になにか言われた?」

黙った私の顔を、翼は覗き込む。

「あー、うん。色々言われた。もっと頑張れって」

「へえ、沙帆、かなり成績伸びたのになあ。それでもやっぱり、なにかと言われるんだな」

「俺、明日なんだよなあ」、翼がため息と一緒に吐き出す。

「なんで面談ってこんなに憂鬱なんだろうな」

「翼は怒られることなんてないでしょ? 翼の成績で怒られるのであれば、私なんかきっと、怒鳴られていたよ」

私の言葉に、「そんなことないって」と彼は苦笑する。

「まあ、お疲れ様。何はともあれ、面談、無事終わってよかったな」

「うん、そうだね。けど、」

気の毒そうに私を見つめる翼に、私は微笑みかけた。

「中野には色々言われたけど、思っていたよりはずっと、良い面談だったよ」

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