夜桜
「ただいま戻った。」

「おかえりなさい、土方さん。おや?女連れですか?」

玄関で沖田さんが出迎えてくれた。

「どこからどう見ても女に化けた男だろ。出迎えなんか珍しいな。」

「土方さんが女性といるのを見たので、からかおうと思って、どんな美人を連れてきたのかと思えば、誠守さんでしたか。その格好は?」

沖田さんは私の簪を触りながら尋ねた。

「ああ、後で話す。近藤さんはいるか?」

「はい、部屋にいますよ。」

土方さんは私に荷物を預け、近藤局長の部屋へ向かった。

「僕が持ちますよ。」

荷物を持とうと、沖田さんが手を伸ばした。

「いえ、大丈夫ですよ。全く重くありません。」

沖田さんは首を横に振り、強引に私から荷物を奪った。

「僕が持ちます。」

沖田さんは速足で行ってしまった。

「そこの女、ここが何処か分かっておいでか?」

後ろからの冷たい声に、私は思わず驚いてしまった。後ろには、鋭い目つきを向けた男が立っていた。

「私は新選組幹部、誠守椿です。訳あってこの格好をしています。」

私が名乗ると二人は肩の力が抜けたようで、目つきも鋭くなくなった。

「これは失礼。先週加わった幹部だな。」

「はい。よろしくお願いします。」

「ああ、俺は斎藤一。三番組組長だ。」

聞いたことがある名前だが、顔を見たのは初めてだった。涼しい顔が印象的だった。

「剣に好かれているそうだな。」

斎藤さんは私の腕をつかんだ。
筋肉を確かめているようだった。

「手合わせをお願いしたい。良いか?」

「はい、もちろんです。」

確かこの男は、居合の達人と言われていた。

噂によると、利き手は左と聞く。右差しの刀からして、噂は本当らしい。いきなりの申し込みだったが、彼と剣を交わしたかった。

私たちは庭へ移動した。

「真剣での勝負をお願いしたい。」

斎藤さんは私の返事よりも早く刀を抜いた。私も刀を抜いた。

「蟻通。 審判をお願いする。」

私たちの周りには、何人かの隊士が集まっていた。

「始め!」

蟻通の声に、私たちの試合が始まった。

私たちは振りかぶらず、お互いの出方を見た。 相手は左効き。
そんな相手とやり合ったことがない故、まずは相手の隙を見つけることに集中した。斎藤さんはじめじいと近寄り、間合いに入った。

弘は屈手の隙かけて 斬りこんだ。
相手はこれをかわし、私の剣に刀をぶつけた。嫌な金属音が鳴る。 私は相手を押し、体制を直した。

この人とやり合うには、少々骨が折れるだろう。他の者とは 面構えが違った。

この手合わせは少々長くなるものだと察した。私たちは相手を伺いながら斬りこみ、離れることを繰り返した。
もう一刻は過ぎただろう。

額から汗が流れてくる。それが目に入って痛い。だが目を 眠る訳にはいかない相手もそうだった。 充血した目で私たちは睨み続けた。

「残る一撃でおしまいとしよう。」

斎藤さんが提案した。

「無論。」

このまま行けば、何時までも決着がつかないのは目に見えていた。
お互いに近寄り、間合いに入った。と同時に斬りかかる。周りの隊士から歓声が上がった。

私の刃は、相手の腹部の横すれすれを通っていた。相手は振りかぶったまま微動だにしない。

「勝者!誠守!」

斎藤さんは刀を下ろし、鞘に納めた。

「いい汗をかきました。斎藤さん、ありがとうございました。 またいずれ。」

斎藤さんは私と目を合わせた。

「俺のことは呼び捨てでいい。いや、そうしてくれ。 貴方が俺に負けたと思った時だけ、 そう呼んでほしい。それまで俺はもっと剣の腕を磨く。素晴らしい剣さばきであった。参りました。」

斎藤は私に頭を下げ、縁側に座った。
中々に剣の腕が立つものだった。

私も次に手合わせをした時、彼に負けないように精進しようと志した。

「あの女は何者だ?」

その隊士の言葉で我に返った。

「椿!」

縁側に立っていた土方さんが、私の名前を呼んだ。

「お前、なんて格好で手合わせしてんだ?」

隣にいる近藤局長は手を叩きながら笑い、土方さんの肩をはしばしと叩いた。

「流石トシの小姓だ。豪快だな。」

「近藤さん、やっぱりこいつ女には化けねえよ…。」

「見た目は女なんだから良いだろう。」

「中身は化け物だぞ。」

土方さんの言葉に私は頬を膨らませた。

「褒めてやってるんじゃねえか。」

「それはどうも!」

私は沖田さんから手ぬぐいをもらい、汗を拭いた。 縁側では源さんが水を用意してくれていた。受け取り、喉を潤した。

「椿、お前の任務は間者だ。」

「分かりました。場所は?」

「島原。お前には葵という偽名を使い、芸子として潜伏してもらう。名は、徳川の紋に 因んで、近藤さんがつけた。 新しい役目だ。失敗は許さん。」

私は頭を下げた。

「新選組のため、このお役目受けたからには必ず成功させてみせます。」

「頼んだぞ、誠守君。 明日、トシと島原に行ってくれ。潜伏してもらうのは来週からだ。それまで準備をしてもらう。」

「分かりました。 島原での私の扱いはどのように?」

「島原にツテがある。そいつに明日話す。この話、受けてくれるだろうよ。」

沖田さんが私の隣に来た。

「ツテって、君菊さんですか?」

土方さんは頷き、悪戯げに笑った。悪いことを考えている、顔だ。

「君菊さん、土方さんのこと好きですもんね。良いように使われて可哀そうだなあ。」

「俺の事を好きになるのは自由だ。俺があいつを新選組のためにいいように使おうと、 別に良いだろ。新選組のためにあいつを使って何が悪い。」

「うわあ。酷いなあ。」

「鬼の副長だからな。」

沖田さんと土方さんは笑った。私の知らない人物の名だが、なんとなく話は分かった。

「それにしても、椿ちゃんは可愛いの。嫁にこんか。」

先程からじろじろと私を見ていた源さんが、私の腿を触りながら言った。

「私は男です!」

「その格好で言われてもな。」

「確かに。」

源さんの隣で笑う二人は二番組組長の永倉新八と、十番組組長の原田左之助だった。

よく夜に晩酌をしているところを見る。人当りが良く、沖田さんや源さんと同様、自然と集まってくる。

私も先日、女なんじゃないか。一回脱いでみろ。などと言われたものだ。
だが二人とも実力があり、隊からの信頼も熱い。

槍の使い手である原田さんは、 切腹をした傷を、初対面である私に自慢した。若い頃、ある武士に「切腹の作法も知らない。」と馬鹿にされ、じゃあやってやる、といきなり腹を切ったそうだ。

短気なところがあるが、信念は絶対に曲げない、芯の強い人間だと土方さんから聞いている。

永倉さんは、剣の腕は新選組内でも立つそうだ。いつか手合わせをお願いしたい。

原田さん程ではないが、短気な所があるのですぐに喧嘩になると土方さんが言っていた。

いつもその喧嘩の中間役になる土方さんだが、手を出す喧嘩になると土方さんも参戦して、 結局近藤さんが場をなだめることになるらしい。
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