甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「悲劇のヒロインなうえに石頭だなんて救いようがないな」


およそ求婚相手への言動とは思えず、心が軋む。

腹立たしさと、隠していた心情を見透かされたような、不安定な気持ちがこみ上げる。


「お前がいくら頑なでも俺は必ず手に入れるから」


自意識過剰とも思える台詞に胸が疼く。


「私と響谷副社長では考え方が違いすぎて結婚生活がうまくいくとは思えません」


この人は危険だ。

私が今まで必死で築いてきたものをいとも簡単に打ち砕く。

願ってもない良縁だと周囲に言われても、こんな落ち着かない気持ちを毎日抱えて生活できない。


「沙也は変化を恐れすぎだ」


「変わらないほうがいいこともあります」


必死に取り繕う声はどこか弱々しい。

大人になるにつれ、変化を受け入れ難くなる。

すべての人がそうではないだろうが、少なくとも私はそうだ。

むしろ柔軟に対応できる人が羨ましい。

そのとき彼のスーツから振動音が響いた。

これ幸いと私は彼の手を逃れ、距離を取る。


「電話に出てください」


私の言葉に彼と行動に彼は軽く眉根を寄せて、スーツの胸ポケットに手を入れる。

液晶画面を確認している隙に少し後退する。


「はい」


彼が通話をタップした途端、私は軽く頭を下げて口を開く。


「助けていただいてありがとうございました。失礼します」


早口で告げて走り出す。

再び逃げる自分は幼稚で卑怯だとわかっていたけれど、どうしようもなかった。
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