甘やかし婚   ~失恋当日、極上御曹司に求愛されました~
「そうだな、でも婚約者を守るのは俺の役目だ。そもそもなんで逃げた?」


「逃げてません。今日は風間さんにお礼を言いに来ただけでしたし、お忙しそうだったので」


言い訳だとわかっている。

けれど顔を合わせる心づもりができておらず、戸惑ったから逃げたなんて言えるわけがない。


「沙也」


ほんの数秒前の剣呑さが嘘のような甘い声で名前を呼ばれる。


「なんで、逃げた?」


「……まだきちんと答えが出ていないんです」


再び問われ、思わず本音が漏れる。


「なんの答えだ?」


「響谷副社長に先日申し込まれた件すべてです」


「俺は冗談で求婚はしない。なにより沙也に嘘はつかない」


「でも私たちは出会ったばかりだし、この展開はどう考えてもおかしいです」


いくら結婚相手が必要とはいえ、一分一秒を競うほど急いているとは思えない。


「――好きだから」


「……え?」


「そう言えば納得するのか?」


骨ばった指が私の前髪を軽く梳く。

微かに額に触れる感触に心がざわめく。

口調は厳しいのに、私を見つめる目はどこか自信なさ気に揺らいでいる。


なんでそんな目をするの?


「沙也がほしいと言えば信じるのか?」


「だから、どうしてそんな言い方ばかりするんですか?」


「じゃあなぜお前は俺の言葉を信じようとしない?」


質問に質問で鋭く切り替えされ、返答に詰まる。


「出会ったばかりの、よく知りもしない人の台詞を簡単に受け入れられません」


「よく知っている恋人に手ひどい目にあわされたのにか?」


冷たい声音に、心が氷水を浴びたように一気に冷える。

的を射た発言に反論すらできない。
< 45 / 190 >

この作品をシェア

pagetop