愛しのフェイクディスタンス

 父であるはじめに、雅人が延々睨みを利かせているうちに助手席へと優奈は押し込まれた。
 本日二度目、高級車のお出ましだ。

「……二人?」
「両親な。俺らのスペシャル選定のスペシャルな男と見合いだ。文句ねぇな? お前んとこの有望株でも納得も満足もできてねぇんだろが、お前なんかにゃ無理だ。優奈が文句ねぇ男のとこ行きゃ腹も括れるってもんだろ?」

 はじめがそう言い放つと、途端にその瞳からは力が抜ける。そうして雅人はグッと何かを飲み込むように小さく唸り、拳を握りしめた。

「何故……そんなことまで知ってる」
「何故だってか! 笑わせんじゃねぇクソが。村野のボンクラんとこでお前が俺の名を使った。耳に入らねぇとでも思ったか? そんな屈辱を自ら、誰の為か。考えずとも想像つくだろが」

 言い捨てて、はじめは優奈の隣、運転席へと乗り込む。

「うちへ連れて行くぞ」

 運転席の窓を開け、試すような口調ではじめは雅人を煽った。

「テメェは来るわけねぇな? 一歩たりとも近寄らんだろ、逃げ回りやがって」
「逃げ回るだと? あんたに言われたくない」

 はじめはニヤリと笑みを作る。

「ああそうだ。俺は、どうしようもねぇ男だ。だがな、お前の言い訳に使われる覚えはこれっぽっちもねぇ。優奈はもっと覚えがねぇだろな」

(言い訳?)

 浮かんだ疑問の答えをはじめに求めたかったが、そのタイミングはきっと今ではない。

 雅人がはじめの肩越しに優奈を見ていた。
 駆け寄ろうと思えばできる。無理やり拉致されようとしているわけでもない。
 それでも。

「高遠パパ、意味のないことしないよね?」

 雅人から目を逸らし、優奈はまっすぐ前を見据えたまま、はじめに問いかける。

「あったりめぇだろが。優奈を親子喧嘩に巻き込み続けてるままとはな、心から詫びる」
「喧嘩してるつもりは、まーくんにはないと思うけどね」

 雅人がどれだけ、父を憎んでいるのかは知っているつもりだ。それを受け入れていたはずのはじめが雅人の前に現れた。
 そんな今この時が、無意味なはずがない。

 ゆっくりと走行し始めた車。
 優奈は後ろを振り返ることさえしなかった。
 打開策は前を見渡してこそ浮かぶと信じてる。

 最後の最後。振られるのならばせめて、何かを濁しながら訴える彼ではなく。
 本音の雅人と話がしたいから。

< 112 / 139 >

この作品をシェア

pagetop