イノセント・ハンド
『知香っ!!』

そう叫んだ女が一人、走りよって来た。

『知香!だから一人で勝手に行っちゃダメって言ったでしょ!!』

肩を掴んだ女の子の手が震える。

『お母さんですか?そんなに大きな声を出さないでください。』

不審気な表情で、彼女をなめ回す様に見る母親。

『ここで、一人で泣いていましたので。今、補導員を呼びに行ったところです。』


『あなた・・・目が?』

黙ってうなずく彼女。

『そう。と、とにかく、娘をありがとうございました。もう大丈夫ですから、急ぎますので、これで。』

係員が近づいて来るのを見て、慌てた様子の母親。

『ほら、早く!行くわよ!』

『あ、お母さん、ちょっと待って・・・』

その時、また声がした。

(た・す・け・て)

(…誰?)


『お母さん、待ってください!』

引きとめようと伸ばした手に、駆けてきた若者がぶつかる。

『あっ!』

転がった彼女が顔を上げた時、もう女の子の気配は、周りから消え去っていた。

『だ、大丈夫ですか?あれは、お母さんですか?』

さっきの駅員が、彼女を助け起こして聞いた。

『ええ・・・。その様です。』

『全く、近頃の若い女は、どうしようもありませんね。あっ・・・いや、あの・・・あなたは違いますよ。』

思わずついた悪態に慌てる駅員。

『いえ。私もそう思います。色々とご迷惑をかけました。では、私も急ぎますので、これで。』

『どちらまで?案内しましょうか?』

そういう親切が、差別的にとられないかと、小声で問う駅員。

『あなたは優しい方ですね。ありがとうございます。私は慣れてますので、大丈夫です。では。』


軽く会釈をした後、スティックを片手に、彼女は人ごみの改札口へと流れ込んで行った。
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