泡沫の瞳









「今日、(うち)来いよ」


茅野に言われたのは、杏李に愛された翌日だった。
私は驚いた顔で、茅野を見た。
茅野に呼び出された生徒会室には、私と茅野だけ。
茅野に脅されている私は、「…無理だよ…」と、手を握りしめた。
いつも脅す言葉を言ったり行為をしてくるのはこの部屋だけだったのに。


「なんで?」

「…いつも、杏李と帰ってるから」

「馬鹿なのか?家帰ってから来いよ」

「なんで家なの…、学校でいいでしょ…」


いつもここでするくせに。
なんで茅野の家に行かないといけないの…。


「なんでって…、お前学校でしたいの?」


したい
なにを?
聞かなくてもわかる…。

昨日、杏李とした事と、同じ行為をすると言っているんだこの男は…。


「無理だよ……ほんとにむり…」

「あー、分かんの?何するか」

「裏切れない……むり…」

「むりじゃなくて、お前はするしかないんだけど?」


嫌な笑みをする茅野を、睨みつけた。


「…なんでこんなことするの…」

「お前が嫌いだから」

「杏李の友達でしょ…」

「そうだけど?それがなに」

「茅野…」


私を見下す茅野は、本当に悪魔で。


「もう、杏李にしかさわられたくない…。私の友達にも関わらないでよ…」

「じゃあ杏李と別れてこい」

「茅野…」

「お前の選択は、俺に抱かれるか、杏李と別れるかどっちかな」


出来るわけない…。
別れたくない。
茅野にさわられるのもいや…。


そんなの。


「無理だよ…」

「どっち?」

「やめて…」

「ほらどっち?」

「茅野…」

「哲人な」

「も、…っ、やめてよっ…!」



出来るわけない…。
泣きそうになって、私は両手で目を押さえつけた。

だけどそれを阻止するかのように、茅野の手が伸びてきて。
ぐっと手首をひかれる。

至近距離にいる男は、「その顔好きだわ」と、泣いている私を見ながら言う…。


「私が、あなたに何をしたの…」

「何も?」

「もう許してよ…」

「だったら別れてこい、そうすれば解放する」



だから別れるなんてできないのに…。



「私の事、好きでもなんでもないくせに…」


私がぽつりと呟くと、鼻で笑った男は「そうだな」と、私の手を離した。


「けど」


離したと思ったら、今度は私の顎を掴み、強引に顔を上にあげた。
喉がひきつり、「っ、」と呼吸がもれる。


「お前の泣く顔と、睨む顔は、けっこう好き」



クズ、
クズだ。
正真正銘の、クズ。

頬に冷たい何かが流れる。
それが涙と気づいた時、「……ゆるして、…できない…」と、ぐっとまぶたを閉じた。


恋人を、これ以上、裏切れない…。


もう一度「ゆるして」と、呟いた後、私の拘束を解いた茅野は、悪魔の一言を呟く。



「杏李を始めに裏切ったのは、お前だろ」と。



その一言に目を見開いた瞬間には、私は茅野に唇を塞がれていた。
脅されている私は、されるがままで、抵抗することが出来なかった。


ああ、また裏切ってしまった……。



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